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「慎君がね」幸宏は道端の雑草に目をやる。
「僕の後を引き継ぎそうな雰囲気なんだ」
「お手紙に書いてあったことね?」
「うん」
「……くやしい?」
「うん。やっぱり。彼なら、と思う反面、どうしてもね、理屈じゃなく感情が追い付かない。彼を出し抜いたつもりで、追い付かれて抜かれてしまうのかな……。けど慎君も同じようなこと考えてたんだろうなあ、とも思う。講師のポストに就いた時、祝辞を口にしながら睨んできた。あの目は――恐かったよ。僕が怪我したのは身から出たサビだからくよくよしても仕方がない、そっちの方はいいんだ。けど、……あのね」
「武君?」
「慎君が、結婚する」
え、と声にならない表情を浮かべ、幸子はぱっと隣の彼を見つめた。
「見合いしたんだって。つい最近届いた暑中見舞いにそんなこと書いてあった。奴のことだから、僕が上京する頃には結納どころか入籍を済ませるぐらいまで行ってるかもしれない」
「ご紹介は……柊山先生からかしら」
「多分ね」
「私……尾上君は生涯ひとり身で過ごすと思ってたわ」
「奴が言ってたの?」
「まさか、私が尾上君とその類の話をするはずないじゃない? でも何となく。彼は何か疵を抱えていて、簡単に癒えることがないから、漁色に走ってるんだと。そう理解してたの。家庭人になる姿が一番想像できない」
「同感だよ」
はあ、と大きく息を吐いた彼はぽつりと言った。
「結婚も、奴に先を越された」
だから、幸子の来訪を促した。彼女の都合も聞かず、切符を送ったんだ……。
さくさくと歩を進める幸子はうつむく。見ると、耳まで赤くなっていた。
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