5人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの……ね。武君」
「うん?」
「聞いても、いい?」
「うん。いいよ」
「私……お伺いしたら、どうごあいさつすればいいのかしら」
「ピアノ弾かせてください、って言えば」
「ええ?」
頬を赤らめたまま、ぱっと顔を上げた彼女の眉間には皺がいくつも作られる。
「ごめん、冗談だよ」
「もう! あなたはいつもそうなんだから!」
「みんなには、東京から僕の大切な人が来るって伝えてある」
君から求婚の返事はもらってないけど、と憎まれ口は叩けず、言葉を飲み込んで続けた。
「伯父はね、本業の傍ら県議もつとめてる。面倒だ、なんて言ってる割にはまんざらでもない。最近は病院はそっちのけですっかり政治家づいてるよ。今日も支援者への挨拶回りで多分数日は帰ってこない。何せ堅苦しい人だから、いきなりだとさっちゃんも疲れるかと思ってさ、伯父がいない日を選んだんだ。まずは身内と、妹に紹介したい。みんな、気易い人ばかりだ、きっと君のことを気に入る。君も気に入ってくれるとうれしい」
「武君……」
「ピアノもね、最近やっと調律が入ったけど音は今ひとつだって。でも充分弾けるという話だから安心して。……さあ、ついたよ」
幸宏が指差す先にある家屋に、幸子は驚きの色を隠せなかった。
門構えと家屋が立派だから名家というわけではないが、ピアノが自宅にあり、幸宏を東京の大学へやり、一時は著名人ばかりが住まう青山に居を構えるだけの仕送りができた家だ。
幸子の実家とは格が違う。彼女は知らず身震いしていた。
最初のコメントを投稿しよう!