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◇ ◇ ◇
「伯父さん、折り入って話が」と持ちかけた幸宏に「帰って早々落ち着きのない。着替えが終わってから聞く」とあっさり打ち切られ、せめて幸子と話でも……と思ったけれど、「お部屋に案内したところだからもう少し待って」と妹に止められ。
自宅だというのに余所の家か旅館に来たように、所在なく彼は室内でぐるぐると歩き回った。
何が着替えだよ。待てだよ!
膝を打って彼は伯父の部屋へ向かった。声を掛ければ普段なら誰何を問われる。何度呼んでも反応がない。
ここじゃないなら、どこだよ。
廊下ですれ違った知子に聞いた「伯父さんは?」
「さあ、知らないわ。お部屋にはいらっしゃらないの?」
「いないから聞いてるんだけど」
「じゃ、居間?」
「じゃないかしら」
「さっちゃん……いや、野原さんは」
「さあ」
「さあ、って、部屋に案内したのは知子だろ」
妹に詰め寄った時、幸宏を探す声がした。伯母だった。
「ユキちゃん、お父様がお呼びよ。客間へいらっしゃい、って」
「……はい」
ユキ坊とか、ユキとか、ユキちゃんとか。もう止めてほしいなあ、子供じゃあるまいし。さっちゃんがいるんだからさ、とつまらない繰り言をぶつくさ言いながら、幸宏はさっき家族に幸子を引き合わせた客間の廊下で一度膝を折った。
「幸宏です」
「入りなさい」
絽の単をきっちり着込んで正座する相手を前に、座卓を挟んで座布団の上に座った。
親代わりとして育ててくれた武本家の伯父は謹厳を絵に描いたような明治の男だ。にこりともせず粛々と物事をさばき、それが全て図に当たるのだから大概の若年者はぐうの音も出せない。
けれど跡取り息子である従兄・彰宏と幸宏だけは折に触れ反抗し、伯父の目を盗んで気ままに振る舞ってきた。けれど、子供たちはわかっている、お釈迦様の手の内であばれる孫悟空のようなもので、結局は伯父の手の内からこぼれ落ちることは敵わない。
「東京からご友人を招いたそうだな」
伯父はぴくりとも動かず言う。
「はい」
「遠方から来られてお疲れだろう、きちんともてなしてやりなさい」
「はい」
幸宏は足の下から座布団を取り、一歩下がったところで正座をしなおして言った。
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