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 その内、殻がくつくつと動きだし、ついには殻が完全に開いた。中の身は口から出る汚い言葉とは違い、とても綺麗で食欲をそそる匂いが漂ってくる。身から汁があふれ出し殻の中で煮えはじめ、食べごろだと主張してきた。高杉は蛤のそんな様子に目を離せないでいるようだ。  私も食べたいが、非常識なこの場所。食べられない可能性もある。ここは高杉に譲ろうか。 「お前の作戦で捕った蛤だ。先に食べてくれ」  こう言えば高杉も断らないだろう。案の定、高杉は嬉しそうな顔で「先にいただきます」と殻に口をつけ、すするように食べた。 「うまい!」 「体に異常は? 腹が痛いとか」 「ないない」  毒見の結果、たぶん食べられる事が発覚した。  それから残り九匹も同じ作戦で捕る事が出来た。蛤共はその小さな体にみあった、小さな小さな脳味噌しかもっていなかったらしい。これで貝十個は辛くも達成できた。塩をかけたり醤油をかけたり様々な味付けで頂く。 「次は魚だな」  魚もまた凶暴なのだろうか。さっきの蛤で痛感したが、常識が通じないという事だけは忘れてはならない。改めて胸に刻み込んでいると、高杉が口を開く。 「でもおかしくない? 海で魚を見た?」  高杉の一言に先程までの蛤との戦闘を思い出す。蛤ばかりに目がいっていたが、その背景に魚はいただろうか。それどころか海の中に蛤以外の生物の姿を確認できていない。魚はどこだ。  試しに高杉と海の中へ入ってみたが、魚どころか蛤もいなくなっている。生物の気配が全くと言っていいほどに感じる事が出来ない。たかだか三匹の魚が見つけられない事に苛立ってしまう。  高杉は「腹が減った」と、でかい腹を撫でながら脱力しているようだ。パンツがずり落ちて、尻の割れ目が見えている事にも気づいていない。  蛤程度の食事で、あてもなく動き回ってはいずれ限界もくる。そうなってくると、自然と高杉との間に不穏な空気が流れ始めた。 「お前には脂肪というタンクがあるだろ」  こんな言葉が言いたい訳ではない。むしろお互い協力し合わなければならない状態だ。それなのに喉を通り口から出てくる言葉は、相手を傷つける暴言だけ。 「人の体形に文句を言うなんて最低だ! それは全世界の肥満体形に対する偏見だぞ」 「私はお前に対して言っているのだ。他人を盾にする方が最低ではないのか」
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