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扉に手をかけ、開けようとすると高杉が私の腕をつかみ制止してきた。
「高杉、言いたいことは予想できる」
高杉が口を開く前に、私が開く。
「ここは映画館だが、飯は食える」
あまり詳しく聞かれると面倒だ。高杉に口を開かせる事無く、さっさと中に入った。高杉も後ろを黙ってついてくる。
扉を開いた時にカラカラと乾いた音がした。何の音かと振り返ると、錆びた鐘が入口のドアに装飾されている。錆びてしまって赤黒くなっているが、昔は綺麗な黄金色で気持ちの良い音をたてていたのだろう。
中は狭くもなく広くもなく、映画が始まるまでの待合室としてちょうど良い大きさのロビーになっていた。
規則正しく置かれた長椅子の中に一つだけ斜めに置かれた長椅子がまじっている。何故かその長椅子の下に赤い子供用の靴が二足そろって置かれており、気味が悪い。
窓から景色を眺めようにも、やはり中からも外は見えない。見えたとして汚い路地があるだけなのだが。
入口からまっすぐに大きな両開きの扉が三つ、それぞれ「シアター1」、「シアター2」、「シアター3」と上に電光掲示板が頼りなく点滅している。恐らく劇場に繋がっているのだろう。
右側にはチケットとパンフレットを売っている受付があり、そこには荒れ果てた大地のような肌をした、枯れ木のように細い爺(じじい)がそこだけ地震が来ているのかと、錯覚してしまうように震えながら座っていた。
声をかけても聞こえるのだろうか、声を発しただけで枝のような骨が折れてしまうのではないか、そんな雰囲気がある。そう思ってしまう。しかし話しかけねば我々の昼飯は始まらない。
「いらっしゃい」
驚いた。爺の方から話しかけてきてくれたのだ。驚いたのはそれだけではない。人間とはここまで枯れた声を出せる生物なのか。岩と岩が擦れ合うような、乾いた木々の間を水気のない風が這いずるような、煙草の煙のように徐々に体をむしばんでいくような、そんな声だった。つまり人に伝える時に例えに困ってしまうような声だ。
老人というものは本当に人間なのかと、疑ってしまうような時もある。そんな中でも私が知る限り、一番人間離れした雰囲気を持っている。
「何にするかね?」
爺が開いているのか閉じているのか分からない目で見つめながら問いかけてくるが、映画に用はない。私はネットで見たとおりの注文をした。
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