本文

7/34
前へ
/34ページ
次へ
 汚い路地をいくつも抜け、古臭い時代に取り残され、タイムスリップしたような錯覚に陥る映画館。中には人間なのか怪しい爺。どれもこれも非現実的な雰囲気があった。だがその中の中はさらに異質で非現実的だった。  洋風の両開きドアを高杉と二人で開いた先には非現実そのものが広がっている。煌々と輝く太陽の下、反射して輝く砂浜にビーチパラソル。水平線が遠くに見える海と潮風の香り。私と高杉以外の人間の気配はなく、波が打ち寄せる音だけが耳に心地よい。日本人が思い浮かべる理想のビーチがここにはあった。  そんな馬鹿な。ありえない。そんな言葉が脳味噌を走り回るが、現実に目の前にあるのだ。ここは室内なのか、それともどこでもドアのように不思議なドアをくぐってしまったのか。隣の高杉も口を開けたまま固まっている。  夢を見ているのだろうか。後ろを振り返っても、くぐってきたドアはなかった。どこなのか分からないビーチに二人きりで置き去り。訳の分からない状況を、一つずつ嫌でも理解していく。  まさか映画館の裏にビーチがあったわけではあるまい。何故ならこの街に海はないからだ。だとすると巨大モニターに海や空や太陽を映しているのかとも考えた。しかし、いくら見てもそれがモニターに写る偽物だとは思えない。 「高杉、お前は私の夢の中か?」  仮に夢だとしたら高杉の返答に意味はない。しかし聞かずにはいられなかった。話しかけられるのは高杉しかこの場にはいないのだから。 「どっちの夢か分からない……」  高杉も混乱しているようで、まともな返事は帰ってこない。とにかくここで黙って立っていては太陽に焼き殺されてしまう。近くに見えるビーチパラソルの下へ移動する事にした。  高杉を連れパラソルの下へ行くと、小さな小瓶の口が砂から飛び出している。手で砂を掻き分け取り出すと、中に小さな紙が丸められて入っていた。太陽にすかすと、薄く文字が見て取れる。裏側に何かが書かれているようだ。  小瓶を逆さにし、上下にふって紙を取り出し開くと、そこには「魚三匹、貝十個、ペンギン一匹」と書かれていた。頭の中に疑問符を浮かべ、眉を顰めているとウクレレの独特な音が聞こえてきた。その音色のする方を見ると先程の爺が、アロハシャツを着てウクレレを弾きながら歩いてきていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加