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「ここはどこだ!」  自分でも驚くほど大きな声が出たが、この開放的空間のせいもあるのだろう。普通の人間ならばある程度のリアクションをとるような声量だったが、爺は何事もなかったかのように口を開く。 「ルールを説明しやしょうか……」 「ルールとは何だ」 「ルールやルールでしょうや。そこの紙に書かれた物を食いきったら料金は無料の上、賞金として二千円さらに……」  ここに来て飯だと! ふざけるな! 私達は帰らせてもらおう。棄権しようと口を開こうとした瞬間高杉が私を止めた。 「どうした高杉」 「棄権しようとしたでしょ、絶対駄目!」 「何故だ! こんな訳の分からない場所、さっさと帰りたいとは思わないか!」  高杉は拳を握りしめ、うなだれた。 「二千円……もう払ったんだ。このまま帰ったら俺は今月生きていけない」  何という馬鹿か。二千円位でこの非現実を受け入れるというのだ。馬鹿はここぞという時に扱いに困る。 「それにたかだか魚三匹と貝十匹程度だろ。二人でなら簡単じゃないか」  確かにそれは高杉の言うとおりだ。しかし一つ分からない事がある。 「ペンギンとは何だ」  爺に向けてさっきから疑問だった単語について問いかけた。爺は気味の悪い笑顔と笑い声をあげながら馬鹿にしたように答える。 「兄ちゃん、ペンギンはペンギンでしょうや。それ以外に何がありやすか」 「こんなビーチにいるはずがない」 「今更常識に囚われたままですかい? 既に非常識の中ですぜ」  言ってくれるじゃないかこの爺。いいだろう、都市伝説を超えて見せよう。このまま帰るのも後々思い出して腹が立つだろうから。 「高杉、食うぞ」 「金がかかってるんだ。食べるよ!」  さあ、どんな魚だろうが貝だろうがペンギンだろうがかかってこい。しかし目の前にはむかつく爺と金欠馬鹿とビーチだけ。 「飯はどこだ」  爺は口が裂けるのではないかという程また笑い始めた。 「ここにないなら自分で捕ればええでしょうが。道具はそこにありやす」  爺が指を指した方向を見ると、先程まで何もなかった場所に小さな木造の小屋が現れた。 「中にあるもんは好きに使ってええので頑張って下さいね」  そう吐き捨てる爺にまた腹が立ち、文句を言ってやろうと爺がいた場所に向きなおすと、既に爺はいなくなっていた。今までそこには誰もいなかったかのように。
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