一秒を一分間游ぐ魚

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一 汗で湿気た布団が重たくて鬱屈としたままなにをするでもなく、天井の染みを百まで数えた西藤孝助――さいとうこうすけ――は無職だった。空調機がぼろぼろの壁に必死にしがみ付き、小突けば忽ち落下しそうだ。蒸れた身体を動かすのが気怠い西藤孝助としては、空調機が何時頭に向かって来るのか、毎日寝る度に不安に駆られるのだ。瞳をざりざりする瞼がしばたたく毎、睡魔が部屋の熱気に変わり行くのを鬱陶しいと思うが、なにもかもがどうにでもなれば良い、或いは世界は滅びて人類が根絶やしになれば良かろう、そんな考えを飽きもせず毎日巡らせる。 季節は夏に近付きつつあって、空調機は鉄屑だが動くには動くのだが、先月解雇され、貯金をする人間でもなくば金を借りる友人もおらず日夜苦悩もしていたが、なんとか今月分の家賃は払いアパートに居座れている。なにを成さねばならないのかは十二分に知っている西藤孝助だが、だからこそぼんやり天井の染みを数えた。百まで数え、滞納した為に止まった電気やガスを思い出したのか、左手首の内側に向けた時計を見据えた。黒々とした生気のない目玉は、腐敗する魚の目玉に実に酷似している、世界の破滅を望み、幼少の砌、手の器に掬った希望を一日か一ヶ月か一年か過ぎれば過ぎる程水がするする零れる様に似て、ふと手の器を見ればなにか得体の知れない魚が游いでいたのだ。
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