【8】求婚

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 人生はその人が責任持って負うもの。他人は我々の選択についてとやかくは言えないけれど、彼の正妻に悪い、申し訳ない、と思うだけなら。  いっしょに不幸ぶるのは、欺瞞なのだ……。 「ここだよ」  じゃ、僕はここで、と武が去り、彼女は病室前に残された。  病室は二人部屋で、かかる札には慎の名前があるだけ。ひとり部屋とかわらない、隣が空いているのはありがたいことだ。彼と込み入った話をじっくりできるから。  茉莉花はドアを小さくノックをする。 「どうぞ」と言う答えを待たずに中に入った  ベッドに横たわる慎の顔はゆでだこのように真っ赤だ。  茉莉花を見て、安堵の表情を浮かべて目を閉じた。  熱が高いのね、かわいそうに。病人に頼りにされる顔をされたら、何を置いても守りたくなるではないか。 「お加減は、どう」 「あまり良くない……」  目をつぶって慎は答えた。 「慎一郎は来させるな、移すといけない」 「わかっています。……私はいいの?」 「君が倒れる頃には私が治っているさ」  軽く笑って、彼女は言った。 「ねえ。今ね、武先生にね、たくさんお説教されてしまったわ」 「武君が?」 「ええ。何をフラフラしているんだ、君たちは、って」 「……ああ」  慎も苦笑する。 「いいんだ、言わせておきなさい」 「ねえ、慎さん」 「何だい」 「私ね、あなたと結婚するわ」  慎は瞬きもせず、茉莉花を見つめる。 「そう。あなたのお嫁さんになる。あなたが元気になって。政さんが結婚したら。お嫁さんに、して下さる?」 「――ああ。喜んで」  慎は熱で火照る手で彼女の手を取った。お互いの左薬指に指輪はない。本来あるべきものを愛おしむように、慎は彼女の手をなでた。 「あなたが好きな、そう、ぬか漬けもイヤと言うほど漬けてあげるわ。もう離れない、絶対」  彼は頷く。 「やっと、君に『うん』と言わせた」 「本当ね」  茉莉花は破顔した。 「ふたりともひどい人間だから。お似合いの夫婦になれるわ、そう思わない?」
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