【8】求婚

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 冗談じゃありませんよ! 恐慌を来す妻をなだめて押さえて、慎は息子の意思を尊重した。  尾上親子のやりとりを間近で見ても、政の恋人の加奈江は泰然としていた。若いのに肝の据わった、ぶれない女性だ。これは政は尻に敷かれそうだ、と慎は思い、好もしくも思った。我が息子にしては良い女性を見つけてきた、それも若い内に、と茉莉花に語る。  中学生の頃に出会ったのなら、今の慎一郎とさほど変わらない。 「私も歳を取るはずだ」と慎は言った。 「そうね」と茉莉花も言う。 「私があなたに会ったのも、十四,五の頃だったわ」  あ、と慎は言い、少し考えて、渋面を作った。 「今の政の年齢だった時、君に求婚したんだったな」 「そう」  クスクスと彼女は笑う。  時々、思い出しては寝物語にしている、初めてふたりが抱き合った時の、ふたりだけが知っている甘酸っぱい思い出だ。いい加減に忘れてくれないかな、と慎は言い、それはムリ、と茉莉花は意地悪く答える。  こほん、と咳払いして、「とにかくだ」と慎は言う。 「これでひとつ肩の荷が下りた」 「ええ。お疲れさま」  病室でりんごをうさぎ型に切って慎に手渡し、彼女は言った。 「この分では慎一郎が続くのもそう遠いことではなさそうだな」 「少し、気が早くてよ」 「いやいや。彼も来年は高校生だろう。進路を決めて学校へ入って卒業したら社会人だ。実際、政は学生の内に相手を決めたのだからね。あっという間だ」 「誰かさんの影響で、パイロットになるって息巻いていますけど?」 「君のかつての職場でもあるだろう」 「親子そろって空を飛ぶかもね」  シャリと、りんごの歯応えを楽しんだ慎は言った。
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