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冗談じゃありませんよ! 恐慌を来す妻をなだめて押さえて、慎は息子の意思を尊重した。
尾上親子のやりとりを間近で見ても、政の恋人の加奈江は泰然としていた。若いのに肝の据わった、ぶれない女性だ。これは政は尻に敷かれそうだ、と慎は思い、好もしくも思った。我が息子にしては良い女性を見つけてきた、それも若い内に、と茉莉花に語る。
中学生の頃に出会ったのなら、今の慎一郎とさほど変わらない。
「私も歳を取るはずだ」と慎は言った。
「そうね」と茉莉花も言う。
「私があなたに会ったのも、十四,五の頃だったわ」
あ、と慎は言い、少し考えて、渋面を作った。
「今の政の年齢だった時、君に求婚したんだったな」
「そう」
クスクスと彼女は笑う。
時々、思い出しては寝物語にしている、初めてふたりが抱き合った時の、ふたりだけが知っている甘酸っぱい思い出だ。いい加減に忘れてくれないかな、と慎は言い、それはムリ、と茉莉花は意地悪く答える。
こほん、と咳払いして、「とにかくだ」と慎は言う。
「これでひとつ肩の荷が下りた」
「ええ。お疲れさま」
病室でりんごをうさぎ型に切って慎に手渡し、彼女は言った。
「この分では慎一郎が続くのもそう遠いことではなさそうだな」
「少し、気が早くてよ」
「いやいや。彼も来年は高校生だろう。進路を決めて学校へ入って卒業したら社会人だ。実際、政は学生の内に相手を決めたのだからね。あっという間だ」
「誰かさんの影響で、パイロットになるって息巻いていますけど?」
「君のかつての職場でもあるだろう」
「親子そろって空を飛ぶかもね」
シャリと、りんごの歯応えを楽しんだ慎は言った。
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