第1章

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 それは、心から東雲に感動していた。東雲という優秀な人材に出会わなければ、一生夢のままだったかもしれない。 「夢だったのか?俺の夢も、一度だけでいいから叶えて。理想の女性だったよ、あのキスの相手がさ」  東雲は、せっかくベッドを組み立てたというのに、和弥のベッドに乗り込んだ。目を閉じた和弥に、東雲が深く唇を重ねる。本当に一度だけになるのかもしれない、けれど、東雲は諦められなかった。  緻密な計測と、理想の頭脳、東雲が初めて必要とした人間。彼女が居ると知っていても、体も心も、今は、東雲のものにしたい。 「東雲、俺、男とのやり方知らないよ…」 「俺も、知識だけで、実践は初めて」  互いに笑い合うと、ぎこちない夜が始まっていた。   論文の発表は、順調に進んだが、発表時間内に終了するように、発表内容を纏めたために、提出した論文の内容を説明しきれていないとの指摘を受けた。教授の要請もあり、再度、時間を調整して詳細に説明する事になった。教授も、生命学の物理学の他に、金属及び鉱物等の専門家が加わる予定になった。 「いいのか。悪いのか」  和弥は、金属の専門家の意見を聞いてみる機会に恵まれた。 「否定されなかただけ、いいと思え」  東雲は、大沢と森下を誘っておきながら、意見が分かれてきていた。カルテを手に入れたのは研究のために違いないが、人間から除外するためではなかった。  中央学園都市の緑に囲まれた中庭で、早めの夕食を取りながら、東雲は楽しそうに生命の話をする大沢と森下を睨んでいた。  夕食と言っても、カップに入れたスープと、パンだけだったが、朝から食べていなかったので何でも美味しかった。  中央学園都市は、常に最新の研究施設を取り入れてきたが、環境にも配慮されている。丈の高い建物の建造も禁止されていたので、学園は敷地面積が非常に広かった。  その広い敷地を、和弥は骨折の為に乗り物のレンタルを断られ、寮までひたすら歩いた。同じく東雲も、ひたすら歩くしかなかった。 「和弥、寮に友人は居ないのか?」  車に乗せてくれるような友人は居ないのか? という意味らしい。 「論文の発表が終わった連中は、結果として残れるのか決定するまで、実家に帰っているだろう? 東雲は?」  そもそも、東雲の方が一年だが、中央学園都市に在籍している期間が長い。 「全員とは言わないけれど、ここの連中、根性悪い」
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