第1章

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 ドアは閉められたままだったが、濡れ衣に対しては、和弥は弁明した。 「そんな事はしないよ。資料が帰ってきたとしても、論文の発表は早い者勝ちの世界に近い。使われた資料で論文にはならない」  和弥は、部屋のドアを、開かないようにロックした。ドアの向こうからは、暫く天羽の叫びが聞こえていたが、やがて静かになった。  論文の再発表は、二日がかりになったが無事終わり、順位はどうやら発表のままに留まりそうだった。大沢と森下は、カプス行きを希望していた。  和弥の宇宙船で行ってもいいが、小型宇宙船のため、四人での移動は限界だった。機材さえ積んでいなければ、座席の増設が可能だったが、内宇宙では宇宙船の改造施設がとても少なかった。  東雲は、早くグリーンに戻りたいらしく、荷物を纏めていた。  中央学園都市の夜は、人の居ない場所は暗闇になっていた。人を感知すると、道も家も、薄っすらと光る。寮からの眺めは、まるで人という星を眺めているようだった。  和弥も、外を眺めるのを止め、荷造りを開始した。 「俺は、暫くカプスには行かない。カプスの進化が人間の枠を超えたものだなんて、俺は認めない」  東雲は、バックに着替えを詰め込んでいた。和弥もカプスの進化が、人間を超えたものだという事は認めたくないが、カプスに研究者が行き。少しでも解明されるのなら、それもカプスのためのような気がした。東雲が否定しつつも、数字の羅列が飛び出してこないのは、やはりデータが指し示してしまう真実に気が付いているのだ。感情が付いて行かないだけで。  和弥も、来年の論文がまた書けるのならば、もう生命関係には進まないと、固く心に決めてはいた。生命を考えると、外宇宙の条件は悲しみを秘めている。 「そうだな。森下と大沢は、教授も行って確かめたいと言っていたから、一緒に行けばいい。俺達は、治療のため地上に帰る事にしたと伝えとく」  和弥もグリーンに帰って、ゆっくりと息抜きしたかった。論文に追われて、バカンスの星だというのに、行った場所は図書館くらいしかない。山に登ってみたいし、湖で泳ぐ事もしたい。 「高重力場の予測シミュレーションは。本稼動の際は、学生ではなくて宇宙航路の専門家が運用しますと連絡が入ったよ」
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