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最期ついでに小難しい注文を、遺してしまったような気がするけれど、全てを見透かすような眼を持った、"親友"がいるなら、大丈夫ですよね、四ツ葉様。
私も歯を見せるような笑顔を浮かべ、僧侶が手にする般若の面を奪い取り胸に抱き、そのまま屋上の手摺を飛び越えます。
"死ぬ気になれば、何でもできるね"
私があの娘に出来ることは、四ツ葉様と同じ様に、記憶に残る前に消えることでした。
そうしたら、あの娘は家族を自分の誕生が潰したとは想像は出来ても"実感"は出来ません。
もしかしたら、私の子の心音が確認出来なかったのも、あの優しい青年との未来が惜しくないと思えたのは、こうやって"潰れる"事が、判っていたからでしょうか。
そう考えたら、おかしくて、クスっと笑った瞬間、私の身体は頭から潰れました。
*
20数年後のこの場所は病院から建て替えられ、でも屋上は同じ高さでもありました。
そして、中高一貫の校舎の屋上で青空ではなくて、夕方の空でした。
"彼女"が転落した手摺に近い場所のフェンスで、女学生達が噂話に花を咲かせています。
「ねえ、ここの学校って前病院だった本当?」
「それは本当らしいよ。結構大きかったのに、20年近く前に1人、屋上から自殺した人が出てから、呪われたみたいに経営が傾いたんだって!」
「何、その死んだ女の人、病院に恨みでも持っていたわけ?!」
「根津先生としては、下校時間過ちゃいそうだから、早く帰ってほしいわけ!!」
ここで、一斉に女子生徒の甲高い驚きの声をあげて、仰け反ります。
その仰け反った中心に、白衣姿の理科教師の根津とその後ろに体育の蔵元が立っていました。
「後5分で、下校時刻じゃぞ。しかも暗くなりかけているから、絶対2人以上で帰る、いいかのぅ?」
そう蔵元が特に叱る事もなく、用件のみを言ったなら、女学生達は素直に従い、急いで屋上から出ていきました。
「やれやれ、ワシ的には夜よりも、こういった夕方の方が薄気味悪いわい」
「何、どんなのが見えるの?」
霊感皆無の根津が、夕闇の中、他の生徒が残ってないか屋上を見回りながら、決して吹聴はしませんが、霊感は鋭いと有名な同僚に興味本位で尋ねます。
「……そうじゃのう」
蔵元は、親友が全く気にしないと知っていながらも迷っていました。
般若の面を愛しそうに抱いた頭の潰れた婦人が、この時間に根津と屋上に来たのなら、必ずと言って良いほど彼を懐かしそう見つめている事を、伝えるべきか、それとも、止めておくべきか。
「とりあえずは今は知らぬが、"華"にしておくかのう」
結局、親友にそう告げて引き上げる事にしました。
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