第2"窪" 公"死"混同(こう"し"こんどう)

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「私の身を案じてくれるのは本当に嬉しいが、もし、公にされた"2つの死"の内、片方、どちらでも残っていたなら大変な事になるよ、岩さん。 それにどうせ心配してやるなら、青年の恋人の姉の私生児―――うむ、どうしても前置きの形容が長いな」 和尚が至極真面目な顔で言ったのなら、岩さんはほんの少しだけ肩の力が抜けたように微笑みを浮かべ、それを見て僧侶も穏やかに微笑みを浮かべました。 「その何も咎のない子の事を心配してやった方がまだ、建設的だ。 まあ20数年過ぎているというのなら、もう成人して子供すらいる親になっているかもしれん。金に目の眩んだ人物が引き取らない限りは、大丈夫だろう。 それに金は適度にあるぐらいが、丁度いい」 そう話を締めるように口にして、静かに立ち上がります。 「岩さん、すまんが新聞やらナイフの片付けを頼むよ。ナイフはまだ(もや)がかかっているのなら、元の場所に戻しておいてくれ」 「承りました、和尚様」 黒い袈裟の大きな袖にふうわりと膨らませて、寿崎は御堂の外へと出ると、陽とその青空の明るさに俄に目を晦ませました。 その眩みが治まったのなら、青い空に白く下弦の月も見つけます。 「―――もし、あの青年の"縁"が残っていたとしたら、拘るのは愚僧よりも、"殻"を削いだ若造だろうよ」 一言残し、纏った法衣を脱ぎ、教務主任の寿崎松太郎に戻るために、母屋へ向かいました。 * 「琴城先生、おはようございます!」 「あ、根津先生、おはようございます」 教職員専用の玄関で、根津と琴城は偶然出逢って朝の挨拶を交わしていました。 「朝から、琴城先生に出会えるとは、気持ちが持ち直しました」 「持ち直した?何か嫌なことでもあったんですか?」 琴城の質問に根津は鳶色の髪を掻いて、苦笑いを浮かべます。 「んー、ちょっと朝から、苦手な事に遭遇したんですよ、こんな感じに」 「ひゃっ?!」 前に一緒に呑みに行った時に判明した琴城の弱点の(うなじ)に、根津が長い指を這わせたなら、顔を赤くして、軽く悲鳴をあげられました。 「根津、何、朝からセクハラしてるんですか」 年下の同僚の或瀬がいつのまにか後ろにいて、根津と琴城のやり取りを呆れています。 「綺麗な琴城先生に慰めて貰っただけさ」 綺麗な人という言葉に、琴城がまた赤面すると、アッハッハッハと笑って、漸く普段の調子を取り戻した根津は校舎の中へ入って行きました。
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