第1"羽"  離"魂"届(り"こん"とどけ)

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「或瀬先生も、蔵元先生もどうして結婚するのに、こんな偽物だけど離"魂"届の証人になったんだろう」 「うーん、離"魂"届の意味がわからんが、実物というか実際の離婚届にも証人が必要なのは確かだ。幾ら離婚がしたくても、離婚届でする場合は確か署名があって認められないと、受理されないとかあったんじゃないか?」 それから腕を組んで、最近じゃ離婚も色んな方法があるからなぁ~と、生徒間では離婚を経験しているという噂を伴っている、担任教師を少女は呆れた視線を注ぎつつ、溜息と共に口を開きます。 「先生って、理科の先生の癖に、説明が"クドイ"よね。でも、流石"バツイチ"、詳しいね、離婚」 「だまらっしゃい」 教え子の言葉で自分が考え込んでしまっている事に気が付いた教師は、自身の離婚については肯定も否定もせずに丸眼鏡をかけてるそのレンズの奥から、目付きが悪くて評判の顔でそんな事を口にしました。 至極真面目な言い様でしたが、それが却って面白くて少女は思わず吹き出してしまった後に、改めて離"魂"届を見詰めます。 「何にしても証人のサインがないと、リコン届けって受理してもらえないんだね」 担任の懐中電灯のライトに白い顔を照らされながら、少女は如何にも何かしら考えているといった調子で呟きました。 「折角出来たし、作った"ご縁"だからなぁ。私が言うのもなんだが、普通の離婚は当人達の幸せも勿論だろうけれど、それに関わって祝ってくれた人達の気持ちを無駄と言っちゃあ、表現が悪いが、まあそうしてしまうという事だもんなぁ。 事情があって穏便に別れられたなら、まあ諦めるしかないしそれに越した事はない。 出来ることなら、別れる前に、互いに歩みよる努力をしていて欲しいもんだが、ハラスメント系やら、周りが止めたのに勢いでして、片方が猛烈に後悔してしまった方々は除くよ。 結婚の種類は、性別に問わずそのしたカップルだけあるだろうからね」 少女は考え込んでいましたが、その内容の殆どは担任教師が概ね(なぞら)えてくどくどと口にする事で、早々に纏ってしまって、思わず口を"へ"の字の形にしつつ、感想と言う建前の文句(クレーム)をつけました。 「先生、とっても周りくどいです」 けれども、考えが纏ったとことで直ぐに少女は自分の一番気にしている疑問について、改めて口にます。 「……でも、それならなら或瀬先生と蔵元先生は、わざわざこんな作り物の『離"魂"届』の証人にサインしたんだろう」 手にしている『離"魂"届』が強い風にはためきます。 「離"魂"なんて、文字面からしても、あんまり面白い冗談でもない。それに真面目で優しい或瀬が書いてるんだから、それなりに向き合って書いたとは思うよ」 "真面目"と言う言葉に、或瀬先生が大好きな女子生徒は、誠実に離"魂"届に向き合ってサインしてもらっただろう相手への嫉妬に、唇を小さく噛みました。 それでも、ハッとしたようにもう一度『離"魂"届』をよく見つめます。 「ねえ、根津先生。この証人の署名の文字、本当に或瀬先生の字かな?誰かが、真似したって事はないかしら!」 「……大好きな先生の、文字くらいわかるだろ?」 明るく、大発見したという風の教え子の言葉を、生徒であるからこそ、この子の為にはならない優しさを削ぎ取って、担任はこの教え子だからこそ解っているだろうという確信を持っている真実を容赦なく口にしました。 けれども、少女は特に反発する事も無く、ただ苦笑を浮かべて、小さな口を開きます。 「このズルからは、眼を逸らしちゃダメなんだね、先生」 「……或瀬め、余計な事教えているな」 早々に教え子の口にした意図を理解出来て、担任教師は所謂クソデカ溜息を吐いたなら、今度は苦笑を抜きにして女子生徒は笑っていました。 少女は何とか進級が出来た時、元担任である或瀬は、色々と事情を抱えている教え子が、新しいクラスで巧くやれるか不安を抱いているのを早々に見抜いて、優しく声をかけてくれていました。 実をいえば、その時に新しい担任の根津が或瀬の先輩であるというのは話しに聞いてもいて、(つい)でにこんなことを教えてくれています。 『根津先生は誰も困らない、迷惑かけないズルは沢山するので、呆れる事も多いと思います。 でも、彼が見逃してはくれないズルなら、見逃しすことで生徒である貴女が損をしてしまうということですから、そこで一度考えてみてください。 成功するか否かは結果をみなければわかりません。 けれども、学校と言う場所は成功しても失敗しても、その一連の流れを経験して将来の糧にする為の物だと思うんです。 根津先生は、そういう事を良く知っている先生ですよ』 そして、確信を持てていた或瀬先生の文字を違う物だと誤魔化そうというズルを、この担任の先生は見逃してはくれませんでした。 「……蔵元先生は、嫌な事でも或瀬先生が決めた事なら、大抵の事は付き合うから、これにもサインしたんだろ」 根津は自分の首の後ろを、大きな掌で撫でながら、ゆっくりとそう口にします。 「だから、結婚するのかしら」
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