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岸が立ち上がろうとしたその腕を強引に引っ張り、俺は自分の胸に引き寄せた。
思ったより力の入っていないその体が心配になったが、今はここから岸を何処にも行かせたくなかった。
「離して。」
前とは違う。前抱き締めた時とは違う、岸の辛そうなその声に、俺の目から涙が出始めた。これは自分の意志では止められない類の涙だ。
「無理。とりあえず、話せ。」
「離すのは澤ちゃんでしょ。」
「お前が話せ。話したら離す。」
「だから離すのは澤ちゃんだって。」
「お前が話したら離すから、お前が先に話せ。そしたら離してやる。」
「ちょっと頭ぐるぐるしてきたんだけど。」
「お、ごめん。強かったか?」
岸の体に何かがあると思った俺は、あっさりと岸を離してしまった。
「あ、いや、別に。そんな痛くなかったし。“はなすからはなして”とか“はなしたらはなす”とかもう“はなすはなす”連続してどっちがどっちみたいになって…」
「ごめんって。とりあえず、手だけ握らせろよ、な。」
俺は体の一部が岸に触れていないと落ち着かないようになっていた。末期だ。
「澤ちゃんさ、ほんと物好きだよね。」
「何でだよ。」
「澤ちゃん趣味悪いよ。何で俺なの。兄貴の方がいいじゃん。」
「兄貴は俺の…」
「好きな人なんでしょ?」
「違うってば。」
「好きだった人?」
「どっちかというと、嫌いだった人かな。今はありがたいって思えるようになってるよ。」
「え?嫌いなの?あんなに写真ガン見してて説得力ないって。」
「ガン見?ガン見なんてしてないわ。」
「いや、してたね。俺見てたもん。俺に隠れて見てたじゃん。あのすっごい笑顔で写ってる写真ばっかり。」
「あれは笑顔の練習で…」
「何でそこで笑顔の練習?」
「その話は追々だ。とりあえずお前は俺の質問に答えろ。話はそれからだ。」
岸の手を少しだけ強めに握ると、岸は少しビクッと反応したが、すぐに表情を整えて、ゆっくり話をしてくれた。
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