絡まる糸

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絡まる糸

真っ赤な薔薇の花束を抱え急ぎ足で向かう。 「お疲れ様でした!とっても素敵でした!!」 私が訪れたのは…憧れのミュージシャンの楽屋。 ふっと顔を上げたその人は、前髪を掻き上げて柔らかく微笑んだ。 「どうも…ありがとう。」 妖艶な美しさに心が震える。 なんて…美しいの。 「あ…あの、これっ、どうぞ!!」 私にはまったく興味が無いといった態度だけど…気怠く手を伸ばして花束を受け取ってくれた。 「あのっ、春井さん…、私の為に…詞を提供して下さって、本当にありがとうございました。」 「……」 聞いてはいたけど…凄く寡黙な方…。 「私、…ずっと憧れてました。春井さんの詞の世界って、どれも繊細で素敵で…」 突然立ち上がってこちらに歩み寄る。 「えっ?えっ?」 チラリと私に視線を落とし、私の後ろの棚からタバコを手にして元いた場所に腰掛ける。 びっ、ビックリした! 「あの…お疲れのようなので、私はこれで…。本当に詞の提供ありがとうございました。」 ぺこりと頭を下げて楽屋を出ようとした。 「九条さん…」 「は、はいっ!!」 慌てて振り返る。 春井さんはタバコの煙を燻らせ低くて甘い声でゆっくり呟いた。 「これからは、こういうの…必要ないから。」 「あっ!はいっ、そうですよね!迷惑ですよね…すみませんでした!!」 顔を真っ赤にして泣き出しそうな顔を俯けたまま楽屋を出た。 ドアを閉めて、緊張と不安とショックが一気に襲ってきた。 その場で泣くわけにはいかず走ってその場を後にした。 マネージャーの林さんが待っている駐車場に辿り着くまでに涙をしっかり拭わなきゃ…。 「あれ?司ちゃん?」 声をかけられビクッとした。 急いで涙を拭い振り返ると春井さんのバンドのメンバーだった。 「お、お疲れ様でした。コンサートとても良かったです。」 「…もしかしてリュウに何か言われた?」 「いいえっ!すみません、急いでいるので…」 「ああ、ごめん引き止めて。ドラマと歌、頑張ってね。」 「はい、ありがとうございます!」 メンバーの方々に笑顔で頭を下げ、また駐車場に向かって走り出した。 涙がじんわりと滲み、必死で目元を拭い林さんの車に乗り込む。 「随分早いご挨拶だったね?大ファンなんでしょ?」 「うん…緊張しちゃって、全然話せなくて…お礼だけ言って帰って来た。お疲れみたいだったし…」
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