1970年・秋 9

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 日を追って、母が眠り続ける時間が増えた。  今ではとうとうナースステーションに一番近い部屋。  外は人の出入りが多い。  けれど、病室内は静かだ。  父から言付かった本を携えて慎一郎は病室にいた。  父さんは母さんの看病しつつ、研究や読書は欠かさない。  仕事をするって、どういうことだろう。  気分の切り替えができるのかな、学校だって忙しいはずだし、自分の家にも帰っているのだし――。  父さんにはかなわないや。  分厚い専門書や洋書を見て、彼は思った。  僕も、父さんのようになれるだろうか。  公私共に引き受けられる男に?  ほんの数年前、図らずも見てしまった両親の、交歓を思い出す。  女のスカートの下や下着の中がどうなっているのかとか、自分の身体が変わって熱を持つのを自覚していたから、正直驚いた。自分の持ち物は何の為にあるのかを一瞬で悟った。  あの時、見えたものは何だったんだろう。  みだらだ、とは思わなかった。きっと、僕が知らない世界なんだ。  僕はまだだけど、クラスでは、女と寝たと公言するやつもいる。奴らだって知りっこない。  だって、ふたりは嬉しそうだったけれど、泣いているようにも見えた。  何故、好き合っているふたりが、辛そうに見えたんだろう。  僕も、大人になったらわかるのかな。  ふと、見上げると、入り口に人影。  やっと来た。父さんだ。  慎一郎はノックの音を聞く前にドアを開け、父を迎え入れた。
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