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林さんが一旦事務所に帰ると言い部屋を出て行った。
そうだ…私にはもう心配事は何もない。
これで今まで以上に仕事にも打ちこめる。
春井さんに会って、伝えたい事を全て伝えたらもう仕事だけを一生懸命頑張ろう。
だから…もう一人でも大丈夫。
最初から私は一人だったんだから…何も心配する事はない。
胸がチクチク痛んだけど、自分に何度も言い聞かせる、大丈夫だと。
部屋のドアをノックする音に、林さんが戻って来たと思いベッドから半身を起こす。
「っ!!!」
ゆったりと、優雅に現れた春井さんに心臓が止まりそうになった。
手には真っ白なカサブランカの花束、真っ黒なロングコートに身を包み、細い黒縁の眼鏡をかけた春井さん。
「今…大丈夫?」
「は…はい…。」
ベッドのそばの椅子に座り、無言で私に花束を差し出す。
「ありがとう…ございます。」
暫くの間沈黙が続いて、何か話さなきゃって焦れば焦るほど緊張で頭が真っ白になる。
「九条さん…この前は…すまなかった。」
「いっ、いえ。全然大丈夫です。」
声が上ずる!
そしてまた沈黙が!!
ど、どうしよう…
「僕が…君を避けるのには、理由があって…」
春井さんは俯いたまま話し始めた。
「君は…僕の愛した天使に…」
「知ってます!!」
顔を上げた春井さんは一瞬驚いた顔をして、すぐに照れたような柔らかな微笑みを向けてくれた。
「私…、春井さんが20年前のキョウカを好きだった事、聞きました。そして、今でもキョウカを好きな事も知っています。私の顔がキョウカに似ているから…避けているんですよね。私…キョウカに会いました。」
「えっ?」
「伝えました。今でも春井さんは…キョウカの事を…」
目を見開いて私を見つめる春井さん。
「す、すみません…勝手に…」
突然華奢な手に手を握られ心臓が跳ねた。
「君はキョウカと同じ顔をしている。でもまったく違う人間だ。」
その言葉が胸に突き刺さる。
喜んでいいのか、悲しむべき言葉なのか…、でも間違いなく今は悲しむべき言葉なのだろうと思う。
目を伏せ、春井さんに握られた自分の手を見つめた。
「僕とキョウカの物語は聞いた?」
「…少しだけ…」
「僕は一方的に彼女を…心から求め、心から愛した。」
「それは…」
春井さんが手で制した。
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