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グラス、ナイフ、フォーク、色彩豊かに並べられた料理、壁際に垂れる大型のスクリーンシート。会場内の壁紙がホワイトではなく薄いペパーミントグリーンで、そこに小さな花柄が散りばめられていることを、今はじめて知った。緊張のベールがすっかりと取り去られたようだ。
グラスの縁に口をつけてシャンパンを舐めると、その酸味もはっきりと分かった。鋭敏とまではいかずとも、僕はようやく己の通常の五感を取り戻したのだ。
っと、そこではじめて隣の優子が微かに震えていることに気がついた。僕の手の甲には今も彼女の掌が添えられている。
その掌も小さく震えていた。
柔らかく温かい彼女の掌、穏やかな安堵を与えてくれたその掌から、今は大きな緊張が伝わってくる。
どうしたのだ?
とは、思わなかった。僕はこう思った。
いつからだ?
そう、そうなのだ。彼女だって緊張しないわけがない。間抜けな僕が、余裕を失っていた僕が、それに気づけなかっただけで。
僕は優子の掌の下から己の手をすっと抜き、代わりにそれを彼女の手の甲の上に乗せた。優子は一瞬、びくりと身体を強張らせ、それからゆっくりと溶けていった。
彼女の視線が僕の横顔に当たっている。それを僕は正面を向いたまま頬で感じた。彼女の震えは少しだけおさまったものの、それでも僕の腿にはまだ、小さな怯えが伝わってきた。僕はそれを上に添えた掌で少しでも掬い取れないものかと試みる。
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