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「一度は別々の道を歩んだ私達……私はもう二度とお別れしたくはありません。だから絶対に浮気はしないでくださいね。約束ですよ?」
彼女は眉尻を落として泣きそうになりながら、どうにか口角を持ち上げて笑う。それに気づいていない友人らが彼女の言葉に笑い声を上げる。
「……幸雄さん、あの日、卒業式の日、私達が交わした約束を覚えていますか? 私は今でも、はっきりと覚えています」
卒業式の日の、約束?
――ふいに何かが思い出された。
記憶の蓋がパッと開いたようだった。
僕がした約束……僕が、優子とした約束?
僕の背筋を電流が駆け抜けた。思わず立ち上がりそうになる足をどうにか抑えつける。
優子。佐藤優子。
そう、思い出した。僕が中学生の頃に付き合っていた、あの優子だ。二番目に付き合った、あの……
「今日ここでお別れするけれど、もし二五歳を過ぎてもお互いに素敵な相手が見つかっていなければ、その時はまた一緒になろう」
僕は確かに京都に行く前、卒業式の日、そんなことを言った気がする。
「のんびりしている幸雄さんなので、あの時の約束よりも四年遅くなってしまいましたね。それでも私達はこうしてあの時の約束通り、再び一つの道を歩んでいくことを決められました」
優子の目が僕を見つめる。
――間違いない。
この時ようやく正面から見据えられた彼女は、言われてみれば僅かに中学生の頃の、あの佐藤優子の面影を残していた。
僕は呆気に取られていた。
本当に開いた口が塞がらなかった。
「でも私は一つだけ、幸雄さんに不満があります」
優子がしっかりとした口調でそう言った。
「おっ、なんだなんだ」と客席がはやし立てる。言うまでもなく健一が一際大きな声を上げる。
「私達はここまで、緩やかな流れに乗って漂うように辿り着いてしまいました。そのことに不満はありません。自然と一緒にいられる。それは素敵なことだと思うから。けれど、やはり私も女の子です。幸雄さんから、はっきりとしたプロポーズの言葉が欲しい。それをまだもらえていないことだけが私の唯一の不満です」
僕の額に玉のような汗が浮かぶ。
「おい幸雄、男ならバシッと言ってやれよ!」
人の気も知らない健一が面白がって囃し立てる。客席が再び笑いに包まれたけれど、僕は当然苦笑いだ。そんな会場の雰囲気に司会の女性が大いに乗る。
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