change a past of mine -------->

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「それでは新郎、幸雄様よりご挨拶をお願いします」 司会進行を勤める女性スタッフが僕の名を呼ぶ。 ――僕の、本名を。 入場後に気づいたこれにも、僕は心底驚いた。新郎の名が、僕と同じ幸雄であったのだ。しかしこれは本当の新郎の名前ではないのかもしれない。 僕の名前を、あえて使ったのではないか? 友人らに苗字しか明かしていなかったのであれば、田中でさえあれば名前を変えても嘘はバレない。そうであれば血液型や星座と同じように、咄嗟の質問でも失敗が起こらないようにと、そういう配慮をしたとも考えられる。ともかく披露宴が始まってしまった今となっては私語は謹まなければならず、優子に確認する術はなかった。 「ええ、本日は……」 僕はタキシードの内側にびっしょりと汗を掻きながら、どうにか己の役割をこなしていった。新郎新婦の入場、そのまま各テーブルを回ってのキャンドルサービス、それから今の新郎の挨拶。その間、誰とも視線をあわせぬよう、目線を必要以上に高く持っていった。 ここまではどうにかクリアだ。僕が偽者の新郎であると気づいた者はいない。しかしそうして続いたウエディングケーキ入刀の際に、それは起こってしまった。 「おいおい、幸雄! お前、何を緊張してるんだよ!」 少し腹が立つような、あまりにも気安い呼びかけが聞こえた。かといって僕は、そこで怒るような真似はしない。馴れ馴れしいその呼びかけ自体はさして問題ではなかった。 しかしそれは確かに問題だったのだ。 声の主へと向けた僕の視線、その先に見知った顔があった。この仕事をするうえで、最も起こってはならない事態だ。 ――まさか、アイツ……健一、山本健一! 視線があった瞬間、僕には分かった。陸上部で一緒だった僕の本当の友人、それも中学校の頃の。 何で今さら、しかもこんな場所で…… 僕は思いがけない不運に激しく狼狽した。 「おい、もっとリラックスしろって!」 そうできないのは、お前のせいだって! 僕は内心でそう叫んだ。 彼女の視線が僕を捕らえているのが分かる。しかし僕は隣の彼女を見ることができない。視線を正面に向けたまま、この状況をどうやって乗り越えるべきか、僕は必死で頭を回した。毛穴という毛穴から汗が噴き出すようだった。
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