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偽物の新郎として参加した披露宴、そこへ参加した者の中に、僕の本当の友人がいた。
表情を笑顔のまま固定していることが難しい。少しでも気を抜けば、引き攣ってしまいそうだ。はじめてまともに見た招待客の顔が、まさか自分の見知った男だなんて。健一の顔はすっかり少年のあどけなさを失っていた。それでもしっかりと、あのガキ大将の山本健一だった。
音が聞こえない。
匂いも分からない。
喉が渇く。
健一と視線が合ってから、どれくらい時間が流れたのだろうか?
早く、早く。
早く終わってくれ。
この披露宴が無事に終わってくれ!
っと、その時、動揺に震える僕の手の甲に、優子がそっと掌を重ねた。テーブルの下、招待客には見えない位置で、彼女が僕を気遣ってくれたのだ。
その掌の温かい重みに、僕の耳はスキューバダイビングで耳抜きをした時のように通り、周囲の音が次第に拾えるようになった。鼻をかんでもいないのに、彼女の髪から流れる甘い香りが僕を落ち着かせてくれもした。嗅覚がいつの間にか戻っている。
落ち着け、落ち着け。
少しだけ平静を取り戻した僕は、何度も己に言い聞かせた。
まだ失敗したわけじゃない。
確かに事態は望ましくない展開ではある。しかしまだ、決定的なトラブルが発生してしまったわけではない。
「幸雄、お前はまったく幸せ者だな!」
健一は相変わらずだった。こういった状況でも一人、大きな声を上げられる。中学の陸上大会でも、他校への野次を任せて、アイツの右に出る者はいなかった。不意に浮かんだ懐かしい思い出に、僕の頬が自然と緩む。どうやら身体は、そのまま心にも通じているらしい。あわせて僕の心もふっと和らいだ。
すると、そこで生まれた余裕から、僕は一つの事実に気がついた。
健一の席は僕から見て右側に位置している。それはつまり新郎側の友人ということだ。ということは、つまり……
アイツも代行業のアルバイトを?
そう、僕は偽物の新郎なのだ。つまり僕の側、新郎側の友人は、総じて代行会社から派遣されてきているということに他ならない。僕以外はCAPサポートのスタッフではなかったので、それに気づくのが遅れてしまった。
何という偶然だろう。
こんなにも珍しい職種で、別会社とはいえ、同じアルバイトに就いた級友と再会するなんて。僕はそのあまりにも滑稽な偶然に、思わず吹き出してしまいそうになった。
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