change a past of mine -------->

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そしてなるほど、優子が忙しかった理由も分かった。これだけの数の代行者へ、新郎の友人役の皆へ、それぞれ指示を与えなければいけなかったのだ。僕一人に時間をかけてなどいられなかったのだろう。 僕が隣へ視線を送ると彼女は恥ずかしそうに顔を伏せていた。しかし重ねた掌は引っ込めることなく、そのまま僕の手の甲に置かれている。そんな彼女の仕草が可愛らしくて、僕はさらに頬を緩めた。 すると心もさらに和らいだよう。耳が通り、鼻が完全に効くようになり、そして視界が爽快に開けた。精神的なゆとりが一層膨らむ。 けれどそれが一瞬で失われてしまったのは、それから間もなくのことだった。 気が緩んでいた僕は、迂闊にも何の警戒もせずに顔を上げ、そして招待客を普通に眺めてしまったのだ。 僕はすぐさま凍り付いた。 新婦側に座る友人の中にも見覚えのある顔があったのだ。その女性と僕ははっきりと目が合ってしまった。 うわっ、いけない! そう思っても、もう遅い。僕は不自然に視線を逸らしてしまった。それは相手に自分の印象を残す、代行者として最悪の行動だ。まず間違いなく、彼女は僕に気がついただろう。山本健一と同じ中学の同級生、小林一美。 再び高い位置に視線を取り、まともに客席を見られなくなった僕。しかし視界の下端では、一美がじっとこちらの様子を窺っていることが分かる。 こんな偶然、何度も起こっていいわけない。 同じ日に、同じ式で、何でこんな…… 隣に座る優子の名誉のためにも僕に失敗は許されない。それなのに、どうしてこんな不幸な偶然が、これまで一度も起こらなかった出来事が、今日に限って頻出するのだ。 僕の戸惑いや焦燥、それらをよそに披露宴は司会者の進行に沿って進んでいく。 「それではここで、新郎新婦の生い立ちをご紹介いたします。皆様、あちらのスクリーンをご覧ください」 その声に続いて、新婦の友人が座る側の壁沿いに、天井から大きなスクリーンが降りてきた。あそこに映像が映し出されるのだろう。優子本人の生い立ちと、そして優子が適当に作成した偽の新郎、つまり僕の生い立ちが。 途端に僕の心は焦りで一杯になる。 同業者である健一はまだいい。しかし一美が僕の生い立ちに不自然な部分を感じた場合、それは致命傷になりかねない。 けれど今さらどうにもできなかった。僕はただ椅子に座っていることしかできなかった。
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