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気がついたら神社の裏側に立っていた。
周りを見渡しても山の気配はなく、日もまだ沈んではいない。
「夢……だったのかしら」
だとしたら立ち寝なんて、よくもまぁ器用なことが出来たものだと笑みをこぼす。その拍子に風が吹いて、手の甲に何かが絡み付いた。
「五色の簪」
白鬼の差していたそれは、白い紐だけは手の中に収まって、紅葉に埋もれていた。そっと拾い上げると、簪自体は鉄物で綺麗な透かし彫りがされていた。
「桜に黒(紫)の紐が繋がっているのね」
あとは、桔梗に青(緑)、菊に赤、菖蒲に黄……そして、紅葉に白。
「どれもその花にはない色ね」
でもそれは、夢ではなかったのだと教えてくれる。
きゅと握りしめてみれば、持ち主の暖かさがまだ残っている気がした。
「白様、白様。毬をお毬どうかお返しください」
遠くの方からお婆さんの声がする。
「あの子がいなくなってから三日になります。老い先短い婆の願いをどうか叶えてくだせぇ」
三日。どうやらいつのまにか三日立っていたらしい。
「お婆さん」
決まりが悪い思いをしながらも、顔を出すと、お婆さんは駆け寄ってきた。
「お毬っ!!何処行ってたんだいっ!!この親不孝もの!!」
それからお婆さんはくしゃくしゃに泣きじゃくって、家へと連れ帰ってくれた。
神社を出るとき、気になって振り替えると、社の向こう側に池の畔に大きな楓の木があった。池の水面は凪いでいて、まるで鏡のようだった。
「どちらが本物の世界だったんでしょうね」
水面に写った見事な楓の隣に白鬼を見た気がして、ふと笑みが零れた。
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