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「捕まえないの?」
ふと、思ってしまった。
この鬼にならば捕まってもいいんじゃないか、と。
「あなたの糧になるのならば、私の命も捨てたもんじゃないわ」
あと少しで触れるというところで、鬼は弾かれたように顔をあげた。
「人間なんか喰うかっ!!ばかっ!!」
その時の私は、きっと呆けた顔をしていたに違いない。また鬼に大きくため息をつかれた。
「僕に捕まった人間はいないんだよ……御覧の通り、僕は捕まえる気もなければ、すぐに『鬼』とばれてしまうから」
それにここは人の世と時間の流れが少し違うから、留まるだけリスクが高くなる。
「あぁ、そう言えば一人、鏡池を渡って来た異人さんがいたっけ」
鬼はにっこりと笑って見せる。
「君と同じ山吹色の髪をした男で、とても器用な人間だった……もう死んでしまったが、娘がいるんだと笑ってた」
「それって……」
鬼はゆっくりと立ち上がると、いつのまにか持っていた奥義を広げた。
「娘の名前は、最も慈悲深い人間と同じ名前」
―――マリア。
「捕まるにはまだ早いだろ……その名に恥じぬよう存分に生きてみなよ」
不自然に風が吹き上がる。視界が舞い上がった紅葉で見えなくなっていく。
「待って!!ねぇっ!!その人の名……」
手を伸ばしても空をつかむばかりだ。ふと、何かに触れた気がして必死に掴んだ。
その時、何故か姿の見えない鬼が微笑んでいる気がした。
「どうしても人の世に飽いたら此方に来ればいい」
もっとも、
「この白鬼の嫁になる気があるならなっ!!」
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