温度

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これから始まるお話は、岸の目が完全に見えなくなってから3年後のお話です。 澤は私立大学に進学し、専攻はスポーツ医学。澤は眼科を志望しましたが、岸に強く反対されてしまい、岸のスポーツ選手の力になって欲しいとの思いから専攻を変更。多忙な毎日の中、岸との時間が唯一の癒しとなっている模様です。 岸は中3から秘かに勉強していた点字をほぼマスターし、少しずつではあるが澤の母親の働くお花屋さんでお手伝いをしています。最近の楽しみは、澤の慢性鼻炎の具合を耳で判断すること。そして、一般的な鼻炎ではなく花粉症だと確信しています。 晴れて恋人同士になった二人の、とある冬の日の一幕であります。 「今日の最高気温は?」 「12度。」 「今日の最低気温は?」 「3度かな。」 日々の温度確認は、俺と岸の挨拶みたいなものだ。 岸はその温度と自分の感じた体感温度を確認する作業をするのが日課である。 「湿度は?」 「湿度は…ちょっと待って。」 「湿度って必要かな。」 「じゃあ聞くなよ。」 「なんかちょっと気になって。」 「待て、今調べる。あ、40%だ。」 岸の気になることには全部答えること。俺が岸に内緒にしている自分への義務課題だ。岸はあまり気にしていないみたいだが、俺は岸に問いかけられたことは全部答えたい。 それが恋人ってもんだろ? 「40%ってどうなの?低いの?高いの?」 「まあまあなんじゃね。90%って日もあるし。」 「澤ちゃん良く知ってるね。」 俺は自分でわかっている。本当は何も知らない事を。岸はきっと気づいてないんだろうな、鈍感だから。だから岸は、俺をしっかりと認め、褒めてくれる。それが嬉しくて、その言葉を聞きたくて頑張っている節は大いにあるのだ。 「たまに見るわ。ほら、“湿度何%です!”ってお天気お姉さんが。」 「お天気お姉さん。」 岸は少し眉間に皺を寄せて、口を尖らせた。 お天気お姉さん知らないとかは…それはさすがにないよな。 「そう。あれで聞いたことある。」 「その人綺麗?」 「綺麗なんじゃね。お天気お姉さんだし。」 「お天気お姉さん。」 何だよ。お前女に興味…やっぱあんのか。
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