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「そっかぁ! あ~、そーだよな!」
渡辺が、はぁ~っと脱力して詰めていた息を吐き出した。本当に、ほっとしている。
(あぁ、この人、本気で心配してくれていたんだ、やっぱ、いい人なんだなぁ)
香城の頬が少し緩んだのとは反対に、渡辺は視線を外して遠慮がちに訊いてくる。
「何だ、向こうに誰かいるのか?」
「いたんですけど、フラれて。それで、こっち帰ってきたんです」
「えっ、それはすまん、無神経だった」
想定外の答えだったのか、渡辺の目は驚きに大きく瞠って、すぐに後悔に曇った。それで、香城は俯いた渡辺と目を合わすために少し屈んだ。すっと深く覗き込んだ香城は、あえて傷ついてない風を装って言葉を付け足す。
「その人が結婚したんです。多分、それがあったから、ですよ。すみません、先輩には本当にご迷惑をお掛けしました」
「いや、それはいいんだよ」
渡辺は一瞬視線を泳がせたが、すぐに香城の視線を受け止めて言った。
「最初は、誰でも香城みたいに、やられちゃうんだ。なにしろ、いっくら呑ませても顔色が変わらないんだから、課長はさ」
ポンポンと香城の背中を叩いて慰めてから、少し間を空けて渡辺は付け加えた。
「でも、恐い恐いって言われてるけど、本当はもの凄く部下思いの人なんだよ。俺なんか、どんなに救われているか、……感謝してるんだ」
「えっ!?」
香城は不穏な気がして、渡辺を凝視した。渡辺はほんのり頬染めて、青い空に優しげな眼差しを向けている。
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