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「ま、まさ……か?」
香城の心中を勘違いしたままで渡辺はスラスラと続ける。
「ほんとだよ、この間の申請書のミスだって、俺たち散々、怒鳴り散らされたけど……、ちゃんとフォローしてくれただろう?」
仕事のフォローだけじゃない。実質、香城のミスだったのをまるっきり被った渡辺に、「成長したな、隼人」と背中を叩いて労ってくれたのだ。それは香城が知らない事だったが。
「その時、滅多に見られない笑顔に出くわして、思わず目頭が熱くなったんだ」と、照れながら言う渡辺の言葉を、どんどん遠くなっていく思いで聞いた香城は虚ろな表情になっていった。
(まさか、先輩……?)
こんな時の勘は結構当たるんだ、と香城は、ざわつく胸騒ぎに息を飲んだ。蟻地獄の渦が足元に湧いたように動けなくなった香城を残して、渡辺がベンチから立ち上がる。そして、ふわりと上気した視線で青い空を仰ぐと嫌味のない素直さで言う。
「課長のこと、尊敬してるんだ。好きだな、ああいう人」
悪い予感が的中した。香城は口が渇いて、ちゃんと閉じる事ができない。
そんな後輩を見下ろして、渡辺は爽やかに結んだ。
「よかったよ。香城が課長の事、好きなんだと思っちゃったから、俺」
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