第1章

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「だから、めっちゃ斬れるって事では童子斬安綱(どうじぎりやすつな)が最強なんだけど、大江課長の場合、向かないのよね」  歴女の陽子が、窓から差し込む五月の紫外線に臆することなく、社員食堂の一角でランチのデザートに舌鼓を打ちながら言った。大江を日本刀に例えるならと彼女独自な見解をさらりと見識豊かなセリフで連ねても、周りに群がっている新入社員の女性たちは同様に意味不明と視線を泳がせている。  みんな、大江の、イケメン俳優ばりの甘いマスクとギャップがあり過ぎる仕事への手厳しさが不可解なのだ。本当なら、毎日ハンサムな上司に会えるのが楽しくてならないオフィスライフなはずが……、笑顔にさえ怯えるのだから。  ところが、陽子は大江の同期で、数少ない、彼に「ものが言える」存在だ。針の筵のようなオフィスの午前に疲れ切った新入社員たちは、少しでも敵の情報を得ようとランチに陽子を囲む。 「どうしてですか? その刀は、罪人六人もの死体を積み重ねて両断したんですよね?」  初々しい女子社員が目当ての男子社員も3人ばかり。その中の、香城 渚(かしろ なぎさ)が爽やかな声で訊いてきた。  香城は、正確には新入社員ではない。半年前、帰国子女枠で入社したからだ。ドイツで育った彼は爽やかなハンサムで、しっかりとスポーツクラブで鍛え上げている筋肉が他の新卒社員とは違い堂々としたスーツの着こなしに仕上げている。純潔な日本人のはずだが、ドイツ人とのハーフなんじゃないかと誰もが誤解するくらい華やかな顔立ちで、背も高い。仕事以上に、その容姿で話題を提供している男だ。 「課長ね、ザルなのよね、お酒」  マンゴープリンを掬ったスプーンを口元で止めた陽子が呆れたような言い方をした。それは、香城の質問に答えているようには聞こえない。要領をさっぱり得ないまま、女子社員の美香が続けて訊いた。 「酒豪って事?」 「で、大江っていう苗字でしょ」  
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