第1章

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 特別大放出のヒントを与えたつもりの陽子が勿体ぶると、「わかんな~い、どーゆー事ですかぁ?」と可愛いランキング1位の綾香が、しなっと訊く。彼女の語尾の甘さは、男子社員を意識した媚びの笑顔とセットだったけれど、歴女にしたらそんな下世話な次元は眼中にない。種明かしが面白いところだ。待ってましたとばかりに、目を輝かす。 「部長クラスじゃ、天明(たかあき)は大江山の酒呑童子って言われてるのよ」  だから、源頼光が酒呑童子の首を切った刀じゃ辻褄が合わないでしょ、と大きな目をくりっと廻した。もっとも、度の強い眼鏡の奥の小さな変化に気が付く新入社員はいない。それどころか、ぽかんとした表情と、首を傾げる苦笑交じりの様子からして、陽子の話の趣旨が伝わっていないのは明白だった。  まぁ、いいわ。陽子は気を取り直した。些細な事には傷つかないように、これでも経験を積んだ身だ。 「つまりね、大江課長の影のあだ名は酒呑童子なのよ」  で、その酒呑童子は、いつまでも若くてきれいな男だったのよねぇ……って言ったところで、みんなの関心はなさそうだと気づく。すぅーっと冷えた風が陽子の頬を嬲ったが、それも彼女の自尊心を傷付ける理由にはならない。 (もう周囲との温度差には馴れているわ) と、自分を慰める陽子の視線が、ふと止まった。さっき、質問した香城の表情が、陽子の日本刀談議に興味がない他の社員とは少し違っている。明るい自信家の彼らい元気がないように見えたからだ。
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