第1章

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☆☆☆  都会の景色なんてどこも同じだ、と思っていた。 (だが、東京は違うな) 都心の規模が広いせいだろう、と結論付けて香城は大都会に背を向けた。香城の鼻腔は向かい風に僅かな潮風を嗅ぐ。  アジアの雑多さとエネルギッシュな気流が立ち上る先に大空を仰ぎ見ようとしたのに、隣接するビルの鈍色のガラスはまるで乱立するエクスカリバーのように視界を覆う。中世の時代と変わらない風景をゆったりと眺められる、学生時代を過ごしたフランクフルトとは全く違う。街の色彩が無機質なもので偏っているんだ、と香城は息苦しさに「ふぅ」と溜息を吐く。  東京は緑が少ない、そんな見出しがドイツの新聞を飾った事はないけれど。公園で寝そべるのが当たり前だった数ヶ月前の状況が嘘みたいだと、香城はぼんやりと思う。  だから、三時の休憩では、時々、会社の屋上に昇る。緑化されてるから、花を観賞したり、読書や昼寝に利用する社員は少なくないが、それだから他人に干渉しない暗黙の了解があって、まだ東京に馴染めてない香城が息抜きできる場所のひとつだ。特に、ホームシックも含めてセンチメンタルな気分に沈んだ時は。  だが、今日は「センチメンタル」というよりは、赤面を通り越して蒼白となるような失態の後悔に苛まれていた。 (ちょっとやそっとでは酔わないって事だよな。あの時、大江課長は素面だったって事なんだ、ヤバイな……)   『好きです。真剣にお付き合いしてください』 『断る!!』    そんなやり取りをしたのは、3日前。新歓の二次会終わりの時だった。参加者は20人ほどいたが、大江課長の奢りで一斉に頭を下げて礼を言った。小雨が、肩を濡らし始めていた。
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