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だが、陽子の方も負けていない。
「だってぇ、見事な袈裟斬り!」などと言い返して、人差し指で大江の左の二の腕を斜めに斬るふりをする。陽子は完全に酔っているに違いない、でなければ、こんな命知らずな冗談ができるはずがない、と誰もが震撼している。
そんな寒々しさに小さな穴を開ける声。
『おいおい、誰だ、香城に飲ませたの? こいつは焼酎、弱いんだぞ』
大江の横から飛び出した渡辺が、ふらつく香城の肩を抱いて支えた。場の雰囲気を変えようとした渡辺に合わせのか美香が香城の前にやって来て、おどける。
『そ、そうよ、香城さんたら。きれいなお花は、こっちですよぉ』
『へっ……?、ひゃら?……』
呂律のまわってない香城は、どさっと渡辺の胸に崩れ落ちた。「ああ、へべれけだな」と、渡辺は香城の右肩を担ぐ。
『あ、あの課長、私がこいつ、送りますんで』
恐る恐る合わせた目。離れていても、大江の目に点る凶器のような、あるいは妖気のような閃光が、渡辺の頬を打つ。
『教育係、こんなザマじゃ取れる仕事も流すぞ!』
『はい。目が覚めたら、しっかり言い聞かせます』
『君ごと、左遷だって有り得るぞ!』
『はい!』
渡辺が真剣な面持ちで応えたので大江の気持ちも収まったのか、周囲に誇示する大きな溜息を吐いてから踵を返した。係長の大島が、『ご一緒に』と、その後を追って行ったが、追い払われていた。
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