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物憂げな女性が湖の畔に座っていた。
その視線は、湖の中を見つめているようだ。顔を傾けているせいか、長く伸ばした髪が、地面へ向かって流れている。
その湖は、他の人物が見ればただの湖面が見えるだけだが、その女性はそこに水鏡の魔術を掛けて、一人の男の姿を映していた。
「ネオン」──自分の名を呼ばれた気がして、湖から意識を切り離す。
すると、よく知った相手の声が聞こえてくる。落ち着いていて、低めの男の声だ。
「そろそろ帰ってきたらどうだ?」
ネオンは、その声の聞こえた方向に瞳を向ける。
そこには、何もいない。
キラキラと舞う光の粒子が、存在していた。それが伝達用の魔術だと知っているネオンは、視線を光の粒子へと向けた。
「もう、元には戻らない。越えてはならない一線なのは、分かっていただろう」
感情を込めるのが苦手な相手・ラスタに、優しく言われて、ネオンは弱々しく「ええ」と答える。
だが、まだ気持ちの整理はつかなかった。ここを離れたくないと本能が告げている。
「分かっていても止められない気持ちは、どうしたら止められるの?」
絞り出した声は掠れて、辛うじて聞き取れる程度。
しかし、ラスタにはネオンがどれだけ傷ついているのかがよく分かった。
それでも、例外を作るわけにはいかない。
「ネオン、君だって分かっているとは思うけど、君が主に恋をした時点で、君と彼の契約期間は終了している。我々使い魔が、主に対して特別な感情を抱いてはいけない。もちろん、主が特別な感情を抱くのもダメだ」
それに、彼はもう君には会いたくないと言っている、とは言えなかった。
心を閉ざしてしまうと、結末を見なくても理解していたから。
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