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視界が暗転しかけた瀞に、助けの手を差し伸べたのは――
瀞がここのところ、気力を失ってしまった原因。思ってもみないあの救いの光が、いつ階段を昇ってきたのか、彼らの後ろにひっそりと現れていた。
「……烙鍍、紫音。私、それ……聞いてない」
びくっと。紫音と烙鍍の背筋が伸びた。おそるおそる、バツが悪そうに背後を振り返る。彼らも驚いたようだが、瀞は卒倒しそうになった。
そこにいた娘、黒い上着とニーソックスが特徴的で、シンプルな灰色のツーピースの姿は、専門学校同級生の棯文漓だった。
地味な黒髪でツインテールの文漓は、いつも引っ込み思案で大人しい。鮮やかな蜜柑色のリボンが似合う頭は聡明で、この場の事情も察しているのか、糾弾するように紫音を見つめる。
「茨月くんをうちに連れてくるって、言って出たの……そういうことだったの?」
口調は厳しく、おそらくとても怒っている。紫音が思い切り目を逸らし、烙鍍はハハハ、と逆に開き直った。
「それはまあ、もう。大事な妹に彼氏ができたら、監督するのは兄の役目だし」
「……私、妹じゃないし」
要するに二人は双子らしい。そういう関係だったのか、と瀞は納得する。それなら性別を知られていたことも、有り得ない話ではない。
烙鍍の言う通り、瀞は先日思い切って文漓に告白し、体が女である正体も知られていた。それでも文漓は受け入れてくれた。ただしそれは、「来年二月二十四日まで」という条件付きで。
喜びが大きかった分、失望も大きかった。自分はその程度の存在だと思い知らされていた。
……ということは、と。瀞は重大な事実に思い当たった。
瀞+紫音が烙鍍の家に行く。それは文漓の家でもあるのだろうと。
「え、何? お前、いきなり、契約OKしちゃうの?」
意思がすぐに伝わる紫音が驚く。告白したばかりの文漓と同棲できて、オマケに仕事も減らせるのなら、誰が嫌だと言うだろうか。最初からそれを言ってくれれば良かったのだ。
文漓がそこで申し訳なさそうに、紫音である瀞をじっと見つめた。
「……ごめんね、茨月くん。私が、茨月くんの体調が心配だって、烙鍍達に相談したせいで……こんなことになって」
さりげなく事情の説明までしてくれる。紫音が空気を読んだのか、瀞はようやく、自分の声を出せる――体を動かせる状態に戻っていた。
「そんな、何で文漓が謝るんだよ! あんまり時間ないし、一緒に暮らせるならその方がいいに決まってるだろ!」
そこでにまりと、烙鍍が笑ったのは見過ごせないが、文漓は少し顔を赤らめて、まっすぐ瀞を見つめ直してきたのだった。
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