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えへへへ、じゃねえ。理解できないが存外な重さに閉口していると、自称死神が更に続ける。
「月にはウサギ、酒にはツマミ、人にはキツネ、これ皆ツキモノである! そう言えって言われてるけど、オレにもよくわかんないんだよね」
結局何もわからなかった。何にせよ瀞は、自称死神にスカウトされているらしい。それなら一応尋ねたいことがあった。
「それで……今なら高待遇って、どんな待遇?」
「うん、それそれ! 月虹が見えてるお前だけの特権! 1LDKの家付き、バストイレ別でペットOK、駅近家具付きで快適だよ! 給料は仕事によるけど家賃はいらないし食材も支給あり、二週間働けば二週間は休める契約でいいってボスが言ってた!」
今度は流暢に出てきた売り文句に、両目を瞠った。それはさすがに高待遇過ぎる。月虹がどうとか言っているので、確かに奇跡的な内容に思える。
それでも瀞が願おうと思ったのは別のことだ。しかしそちらは叶う保証もないので、本気で話を聞いてみることにした。
「あの、それ……風俗とか、もしくは違法の何かじゃないよな?」
「有り得なくはないけど、嫌な仕事はやらないでいいよ。オレもその辺は考えるよ」
きたぞ。もう騙されないぞ、と瀞は難しい顔で見返す。
「その約束、書面にしてもらえるの? おれじゃなくてボスからちゃんと断ってくれる?」
今のバイトも酒を飲ませるのは客だ。自称死神が考えてくれたところで、ボスや客には逆らえない可能性がある。
「あー、大丈夫、仕事は自分で選ぶ方式だから。色んな仕事が来るけど、自己責任で選べってボスは言うよ」
なるほど、まさか仕事内容まで選べる待遇であるとは。自称死神は、オレも選んでここに来たよ、と付け加えた。
「お前はわからないだろうけど、オレのこともあの月虹も、多分お前にしか見えてないからねえ」
こんな勧誘も仕事の一つで、そうして自分で仕事を作ってもいいらしい。話が上手過ぎるが、現状で体が壊れそうな瀞には選択肢は少ない。風俗や犯罪でないなら、家賃と食費が浮くのはとても大きい。
後は野となれ山となれ。今より悪ければ辞めればいい。辞められないことはないはずだ、書類手続きの時にでも確認すればいい。理性を保てているつもりの瀞は、決断を下すのに迷いはなかった。
「それじゃあ……それで、いい、かな」
「ほんと!? やったー、それじゃ、よろしく!」
きゃっ、と喜ぶ自称死神の笑顔が、何故か可愛い女の子に見えた。
それじゃ、すたんどあっぷ! というので立ち上がると、自称死神が突然、ふっと消えた。
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