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互いに悪気があろうがなかろうが、樋熊の領域に踏み込んで鉢合わせした者は襲われるだろう。それを樋熊のせいにされても困る。
「お前がぬいぐるみのオレと話してるから、淋しいのかなって気を使ってくれたんだぞ、さっきのおじいちゃん」
「知るか。私が淋しくて何が困るんだ、向こうは」
善意も悪意も零はいらない。ゼロがいれば淋しくもなく、他に欲しいものもなかった。
ただ気楽に暮らせる金がいるだけだ。両親は当てにならないくせに、元の世界は物騒だから帰るなとうるさい。それは確かに、叔母の次女が若くして死んだ運命を目の当たりにすれば当たり前だった。
出発した時間が遅かったので、一度駅から降りてネットカフェに入った。
ゼロは荷物ごと駅のコインロッカーにいる。こうしてゼロが離れると、どうしようもなく不安に襲われることにだけは今も慣れない。
――だから、咲杳がいれば良かったのに。
まさか従妹が、あの街に定住する気だとは。橘診療所の院長――従妹の父は、今も何も事情を知らぬ存ぜぬで通している。実の娘を亡くし、行方不明だった長女が帰ったというのに。
そんな奴が親なら零は殴り飛ばす。近くにいることもできそうになかった。
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