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彼女が乗った列車が遠ざかり、まったく見えなくなるまで彼はその場から動けなかった。幸宏の手には、幸子の郷里の住所が書かれたメモが握られていた。
その日を境に、手紙がひっきりなしにお互いの家を往復した。
書き物をする暇があったら論文に割く時間に回したまえ、と柊山や同僚に呆れられるくらいの枚数と回数だった。
右が使えない間は左で文字を書く練習をしていると言い、その心配がなくなった頃には使い物にならない右手の機能快復の為に書いていると言った。
方便のようだが事実その通りだった。
利き腕が使えない頃はたくさんの便箋を費やし、封筒がはち切れそうにぱんぱんに膨れた。
書く量が多ければその分、文字は上達し、早く書けるようになる。利き腕と遜色ない文字が書けるようになった頃、やっと右腕のギプスが外れた。
普段より長い期間固定されていた腕はすっかり痩せ、筋肉は固まり、L字型に固定されてまっすぐに伸びなかった。
黒板書に不自由した利き腕だが、机の上で書く文字には影響がない。水を得た魚のように細かい字でびっしり書いた。
つまり、幸子への手紙は何があっても書いてしまうわけだ。
郵便受けに手紙が届くと喜び、何もないとがっかりするという、他愛無い日々が愛しかった。
確かにみんなの言う通りかもしれない、と同じように増え続ける彼女からの手紙を見て幸宏は自分に呆れた。
けど、それが恋ってもんじゃないのかい?
幸宏はそう結論づけた。
何十通となく手紙のやりとりをした頃だろうか。
それは唐突にやってきた。
師走だった。
ぴりりと冷えていたその日。いつものように学校へ行き、職務を果たし、寄った病院の帰り道。暗澹たる気持ちで家路についた。
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