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中身は推し量るまでもなく木箱に書かれた通り、りんごだろう。
つい先日も彼女から米がたくさん送られてきた。新米だ。食糧事情はまだ良いとはいえない。ありがたく頂戴したいところだったが、ひとりで米俵一俵はどんなにがんばっても食べきれない。お裾分けしようと幸子の叔母に連絡を取った。すると叔母の家にも幸子の実家から米がたくさん届いて、ご近所や知り合いに配ったところだと言われた。親戚なのだから当然の話。「持って帰る?」と問われて、謹んでご辞退申し上げた。
自分の分を取り分けてもまだありすぎる。残りは先頃結婚したばかりの慎に引き取ってもらった。大層喜ばれた。世辞でもなんでもなく、助かると言った。
「君、そんなに大食いだったっけ?」と呆れると、慎はもごもごと言いにくそうにこう告げた。「あれがおむすびを山ほど握り、配ってしまうのだよ」と。
慎の家は門構えといい、地所といい、いかにも名家で裕福そうに見える。実際そうなのだが、二、三日に一度、多い時は日に何度も玄関の戸を叩く者がいるのだという。要は理由をこしらえておもらいさんをする人々なのだが、彼の細君は来る人拒まず、全てにおむすびを振る舞ってしまうのだ、情けは人の為ならずだと言って。おかげで尾上家の米びつはいつも空に限りなく近いのとのことだった。
「良い嫁さんだ。しあわせだねえ」と冷やかしたら、慎は空咳をしてごまかした。
りんごも、奴にお裾分けしてやろうか。そう思いながら足元の木箱に目を転ずる。
麻紐でしばっただけなのに、よく盗難や紛失にあわなかったなと感心した。きっと怪我をしている幸宏の為に打ち付けてあった釘を抜いてもらったのだろうな、幸子らしい。
けど、やっぱり不用心だ。今度、郵便屋と顔を合わせたら一言伝えた方がいいかもしれない。
ぶつぶつひとりごとを言いながら、引きずって三和土の隅に置いた木箱の紐をぱちぱちと鋏で切る。そしておがくずに埋まったりんごを手に取り、ズボンの脇でこすってから一口囓った。小さな紅い玉は少し酸っぱかった。
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