【13】りんご実る里

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しゃりしゃりとりんごを食べながら郵便受けを覗く。 新聞と手紙が届いていた。幸子からの封書だ。顔がほころぶ。封筒の裏にはえんぴつ書きで「別便でりんご送りました」と一言がしたためられていた。 「もう食べてるよ」靴を脱ぐ間も惜しく、りんごを囓ったまま三和土で封を切った。 匂い袋で薫りをつけた便箋の合間から、何かが落ち、三和土を叩く。 見た瞬間、囓ったりんごを落としそうになった。心音が二段三段跳ね上がった。 落ちた物。それは、固い厚みのある紙片。切符だった。 『東京より寒い土地ですけど、待っています』と記された手紙に、顔を埋めた。 漂うのは品の良い匂い袋の香り。でも僕は君の匂いに充たされたい。 やっと、ふたりの時計が動く、その時が来たのだと思った。 師走の帰省で駅がごったがえす少し前の週末の一日前に、忘年会をすっぽかして休みを取って幸子の郷里へ向かった。 期待と不安が入り交じる中、汽車は規則正しくレールの上を走る。 道中、ずっと考えた。 幸子は、どんな思いで僕の郷里へ向かったのだろう。 手紙を受け取って切符を見た時に、僕と同じ気持ちになったのだろうか。 嬉しさと面映ゆさ。けど、それ以上に重いのは不安。後者が勝っていたのではなかろうか。だけど彼女はひとりで汽車に乗ってくれた。 僕は今、彼女がした心の旅をしている。 幸子の郷里は、夏は暑く冬は寒い盆地にあった。 客車の窓を開け、顔を出してホームに並ぶ人から、彼女を探す。 出迎えや乗り換えでごった返すホームの一角にスポットライトが当たったように彼の視線が集約する。
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