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◇ ◇ ◇
駅からほど近いところにある幸子の実家は繁華街から少し入ったところにあり、表通りの喧噪とは無縁の、戸板の塀で囲まれたこじんまりとした家屋だった。
玄関先から家、庭の隅々まで箒の目が入り、手入れが行き届いていた。
彼女が一時も休まず手を動かしているのは伊達ではなかった、幼いころから染みついていたものだった。
通された客間で待っていたのは当主である彼女の父だった。
父親族というものはどことなく伯父の巌宏に似通ったところがあるような気がする。こわい人だ。倫宏が規格外だったのだと改めて思った。
「あれと結婚したいそうだな」
開口一番、父親は言った。
「はい」
供された座布団を後ろに追いやり対峙した幸宏は、簡単な挨拶と訪問した主旨を言葉を飾らず、けれど省略はせず、真摯に伝えた。
「君はどうかね」
煙草を差し向けられ、いえ、今は、と言って断った。
失礼する、と言って父親は煙草を取って口にし、火をつける。
けれど火をつけただけでふかしもせず、指で挟んだまま、父親は言った。
「あれは不憫な奴だ」
紫煙が、縦に長く引いて天井に届く。
「不名誉を儂らでは拭ってやれなかった。顛末を君は知っているか」
「はい」
「知ってて、娶ろうというのか」
「はい」
「酔狂な男だな」
「いえ、酔狂ではなく本気です」
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