第1章

29/32
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/220ページ
「理由…………か、 そんな大層なもんじゃねえんだけど、笑うなよ?」 砕けたアスファルトで切り裂いたらしく、右腕が赤黒い液体に染まっている。羽織っていた学生服を脱ぎ、傷口に巻きつけながら男の質問に答える杉谷。 「主人公<ヒーロー>になりたかったんだよ。 ヒロインのピンチにいつでも駆けつけ、どんな逆境も跳ねのける、そんな主人公に…………」 杉谷は、昔からヒーローに憧れていた。 悪の組織を蹴散らしさらわれたお姫様を救い出す、そんな使い古された<テンプレ>展開が好きだった。 大きくなったら自分もそんな主人公になりたい、そう思っていた。しかし、歳を重ねるにつれそんなものは空想<フィクション>の中だけなのだと気づかされた。 空から女の子は降ってこないし、世界征服を企む悪の組織も存在しない、それがこの世界の現実だった。 それに気づいた時、杉谷の世界は音も無く崩れ去った…………はずだった。 「…………だからランプからそいつが現れた時はテンション上がったよ。まるで誕生日とクリスマスが同時にやってきたみたいに。俺にとっての現実はまだ死んでなかったんだって。だから俺はそいつを守る。そいつが俺の幻想〈リアル〉を救ってくれたように、俺の夢を守ってくれたように――」 黙って杉谷の言葉に耳を傾けている男の顔には大きな笑みが張り付いている。しかし、その笑みには嘲りや蔑みの色は含まれていない。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!