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「まだ、見えてるよな。」
「見えてるよ。澤ちゃん、もっと笑ってよ。最後なんだから。」
「まだかもしんねえだろ。縁起でもない事言うな。」
「わかるんだよ。もうそろそろ真っ暗になる。これは絶対。」
「絶対とか言うなよ。本当になるだろ。」
俺は岸の両手を拘束するようにしっかりと握りしめた。
岸は思いのほか落ち着いているのを感じ、これは間違いなくその瞬間であると確信した。
岸に呼び出されたのは、高校の卒業式が終わって3日後の夜1時のことだった。卒業式の次の日は二人で岸の兄貴の部屋に初めて泊って、そこで俺は初めて岸の唇に触れた。指ではなく、俺のそれで。その感触は、きっとずっと忘れないだろうと思う。これからも何回もできることではあるが、初めての感触はまた格別に感じたのである。
そんな余韻に暫く浸っていた俺に、その瞬間は来た。
メールではなく、電話で一言。
“来て。”
短くも説得力のある言葉だった。
俺は、全てを察知した。その時俺は大学の入学に必要な書類を丁寧にまとめていたが、その書類のほとんどを床にばらまいていった。
几帳面な性格ではある。でも、書類を片付ける時間よりももっと重要な時間が待ちうけていることを、俺は玄関までの距離をこけそうにもなりながらも、いつものように焦りながら感じていたんだ。
「澤ちゃんに会えてよかったよ。」
「これからも会えるだろ。ずっと傍にいるって言ったろ。」
岸の母親から、近々療養施設に入るかもしれないと話を聞いていた。岸にはまだ言っていないと言っていたが、もう報告済みなのか。岸の決断を俺は知らない。俺を置いて、お前は行ってしまうのか。
「いや、そうじゃなくて。最後に澤ちゃんに会えてよかった。」
「だから、これからも会えるじゃねーか。何言ってんだお前。もしかしてやっぱり行くのか?」
「行くって何処に?」
「いや、やっぱ何でもないわ。」
「澤ちゃん、いる?」
「ん?いるぞ、ここにいる。もしかしてもう見えてないのか?」
俺は岸の目の前に手をかざして、その目に瞬きを誘導した。
岸は少しびっくりしながらも反応してくれたが、明らかに自然に起こるはずの瞬発力がない。
そろそろか。そう思っただけで自然と涙が弾けた。
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