内緒の時間

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「まだ見えてるよ、ふふ。澤ちゃん、泣きすぎ。」 「うるせーよ。」 自分の涙を手で拭う手間があるのなら、この手で岸に触っていたいと思った。今俺には何ができるのだろうか、そればかりを必死に考えた。 「澤ちゃん。」 「何だよ。言えよ、見えなくなったら言えよ。」 これは、間違いなく“焦ってる”証拠だ。岸よ、お前は最後まで俺を焦らせるつもりか。少しは俺を安心させてくれよ。 「キスいい?」 岸のその言葉は、甘くとろけるチョコレートのようだった。 アーモンドやナッツのようなものは入っていない、単体の濃厚なチョコレート。 舌で丁寧に広げ、口の中に香りと味を染み込ませ、鼻から抜けるカカオの香りに全神経を集中させる。 中毒性のある、やめられない味、まさに美味である。 「いいよ。でも、ちょっと条件がある。」 「なあに。」 岸は断られるかと思ったらしく、眉毛をへの字にして困って見せた。 その顔も可愛いが、もっと違う顔も見せてほしい。せめて俺がお前の視界に映っている間だけでも。 「目開けてていいか。」 「澤ちゃん…」 「何だよ。」 「変態なの?」 「ちげーよ、ばか。」 キスをする時、皆さんは目をつぶりたい派ですか?それとも開けておく派ですか? 俺はいつもはつぶるんですが、今日だけは違います。 今日だけは何故か岸のキスをする顔を焼き付けておきたいと思った。 俺は毎日お前の顔を見れるのに、何故か今日はそんな気持ちになった。 それはきっとこの時間が特別な夜だからかもしれない。 「いいよ、俺は目つぶってていい?恥ずかしいし。」 「いいよ。その顔焼き付けるから。」 「でも、俺も澤ちゃんの顔焼き付けたいな。」 「どうしようか、交互に目つぶり合うか。」 「いやいや、なんかそれはそれで面白いことにならない?」 こんなやり取り、もう出来なくなってしまうのだろうか。 もっともっと早く、岸との時間を大切に感じていれば、もっともっと早く、岸との距離を詰めていれば、こんなに焦ることはなかったのかもしれない。 「そうか?じゃあやっぱお前が先だな。俺はこれからも見れるしな。」 「でも、目開けてたら集中できないかな、俺。」 岸は目をつぶる素振りを見せながら、片目で少しだけこちらを撫でるように見つめてきた。 お前のそういうとこ、大好きなんだよな。
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