第1章

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 道行く人々は、足早に通り過ぎていく。  師走である。  新しい歳神様を迎えるために、誰もがせわしなく家路を急いでいた。  だが、自分は新しい歳神様を迎えることは出来ない。  なぜならば、自分は間も無くここで殺されるのだから。  何度目だろう。  あの日から、毎日毎日…昼と夕闇の交錯するこの時間…逢う魔が時…  この時間になると、自分は殺されるのだ。  毎日…毎日…  江戸に幕府が開かれてから二百有余年…  ゆったりと刻の流れていた京の都にも、黒船来航の煽りが出てきた。    やれ「攘夷」だ。  やれ「勤皇」だなどと、むさ苦しい田舎侍が囃し立て、天子さまを担ぎ出そうと躍起になった。    そして彼らは、自分たちの意にそぐわない人を、国に仇なすと断じ「天誅」と称して斬り捨てた。  でも、本当に天下に仇をなしていた人は、何人いたのだろう?  何故なら、お稽古帰りの自分は「天誅??」と叫ぶ男に斬り殺されたのだから…  その男の狙いは、自分の遥か後ろを歩いていた、侍だった。  だが、狙われていた男は逃げ去り、自分だけが殺された。  その日から…毎日…毎日…毎日…  毎日…決まったこの時間に自分は殺されるのだ。  ほら今日も刀を振りかざした男が…  男が走ってきた!  嫌だ。  怖い。  恐い。  あのギラリと光る刃が、肉を切り裂き骨を断ち…    痛い熱い痛い熱い痛い熱い…  それでも逃げられない。  斬られるのが分かっているのに、逃げられない。  また今日も同じ辻を歩くしかないのだ。  道行く人々は誰も気がつかない。  誰も助けてくれない。  自分は誰にも気づかれることもなく、毎日毎日毎日…斬り殺されるのだ。  刀を振りかざした男が近づいてくる。  今日も覚悟を決める。  恐怖に、熱に、痛みに…孤独に耐えるために。  今日もまた理不尽に…誰にも気づかれることも無く…殺されるのだ。  自分には歳神様はもう来ない。  永遠に続くこの瞬間を、無限に繰り返すしかないのだ。  だが、今日は違った。
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