【14】華燭の宴

2/15
前へ
/15ページ
次へ
年が明けて春が来て、郷里で東京より遅い桜がほころぶ頃に知子が嫁いだ。ごく身内だけが集まった披露宴の席上で、幸宏の隣には許嫁として並ぶ幸子がいた。 幸子の郷里を訪問してすぐに結納を交わした。年始の忙しい最中だったが、媒酌人は柊山に頼んだ。快諾してくれた。忙しい中、東京から彼女の郷里と幸宏の郷里への往来をさせた。今後ふたりは柊山が住む方角へ足を向けて眠れない。 駆け落ちしてもいいんだよ、とつい軽口を叩いた日が遠い過去のようだ。伯父が宣言したような文句のない形式を整えようとするのであれば、一旦地元へ帰った幸子の判断は正しかった。 彼女は手紙で書いて寄こしていた。 あなたの家族は私を温かく迎えてくれた。私の家族も、厳しいけれど、それだけではなかったのよ、私は家が、家族が大好きだったのだから。忘れかけていたことをあなたの家は思い出させてくれた。私に逃げず、向かい合う勇気をくれたのはあなたなのよ。 知子から少し遅れて、時は初夏に移り、薫風薫る頃。晴れてふたりは華燭の宴を持つこととなった。 その日は奇しくも初めて夜を共にした日と同月同日だった。これは本当に偶然だった。 式は厳格でありながらしめやかに執り行われ、披露宴自体も大学講師の身分にふさわしくそれに見合った慎ましいものだった。 そうさせてもらった。 というのも、伯父のみならず幸子の父も張り合うように仕度やら何やらに口を出してきたので、歯止めが必要だったからだ。 実際の所、幸子はわずかな身の回りの品とふたりで交わした手紙の束、小振りの鏡台が嫁入り道具の全てだった。 幸宏としてはピアノを持たせてやりたかった、が、宿舎はひとりでは広くふたりでは少し狭い。また、ピアノのような重い物を置ける余地がない。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加