【14】華燭の宴

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「ごめん」と幸宏は詫びた。 「いつかもっと大きな家に引っ越す。その時はまずピアノの置き場所から考えるよ」 幸子はこくりと首を縦に振った。あまりピアノにこだわると、両家の家長が「相応の家を買ってやる!」と言い出しかねなかったからだ。 慎ましく、自分達の身代に合わせた暮らしをする。これがふたりで決めたことだから。 住まいひとつを取ってもそんな感じだったから、両家の家長は大がかりな式を挙げるのだと最後まで抵抗していたので両者は始終憮然とした顔をしていたが、それはお断りと我を通した。終わり良ければすべてよしだ。花嫁と花婿は胸をなで下ろした。 が、披露宴の席上で花婿に勧められる酒からは逃れられなかった。ここは酒豪だった父の血筋に感謝した。全ての杯を受けて飲み干し、宴もたけなわとなった頃ですらほろ酔いの前で止まったのだから。 客人をそれぞれの宿舎まで見送り、ふたりは新居である幸宏の自宅へ戻った。 まだまだ駆け出しの講師の幸宏に、たんまり稼ぎがあるはずもなく、新婚旅行どころではない。有給休暇をかきあつめて取った正味一週間の結婚休暇はすべて自宅ですごす。東京は復興が著しい。見るべきところ、行くべきところはたくさんある。それに、せっかくの長期の休みだ、資料集めをしたかった。遠慮しいしい彼女にもちかけたら、未来の学者の妻たる者、そこは心得ている。また、最近まで同じ道を志し、机を並べていたので幸宏の立場を良く理解している。「私も手伝う」と言ってくれた。 ありがたくて涙が出そうだった。 星が空を彩る宵闇の中を自宅へ向かう道すがら、ほろ酔いで止まっていた幸宏の足取りは、動いたところで変わりようがない。 ……けど今日は飲み過ぎたみたいだ。 小さく咳をし、幸宏は隣に歩く幸子を見る。
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