【14】華燭の宴

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流し目を送って幸子は立ち上がった。隣の居間へ行ってなにやらごそごそを物色をし、茶封筒を持って来る。 「あなたがお見合いして結婚するって巷ではまことしやかに語られてたんだけど……覚えてないの」 「……ああ、あれかあ!」 幸宏が鉄拳をふるって怪我をさせた相手は今も在籍している。茶をぶちまけて席を立った後も普通通りに学校生活を送り、学内で何度もすれ違った。 最後の和解の場で、腕をつったまま代理人と同席した。机の向こうとこっちに相対する彼を見ると、奥歯を噛みしめた恐い顔の裏に、焦燥と悔しさがほの見えて、ああ、そうか、と気づいた。 奴も、さっちゃんが好きだったんだ。 けど、大人の男として自分の感情を扱いかねて小学生ですらやらないつまらない絡み方しかできなかったんだ。幸子と正式に婚約したと聞いて何か言いたそうに、けれど何も言い出せず幸宏の前を通り過ぎる彼の背を見て、彼には哀れみしか感じなかった。 「この度は申し訳ありませんでした」と振りかえらない背中に言い、頭を下げていた。 君の気持ちはよくわかるよ、好きな女を取られる男の切なさだよね。でも、ごめん。彼女は誰にも譲らない。 彼が今後どう身の振り方を考えるのかわからない。でも、元は教職を目指す同士。場所は違えどいつかお互いを認め、語り合う日が来ることを願った。 「あんなに私にあれこれちょっかいかけていたのに、自分はちゃっかり他の人と結婚するんじゃないの、と思ったら腹が立っちゃって」 そっぽ向いたまま、彼女は茶封筒を彼に差し出した。促されるまま取り出したそれは。 黒い表紙の紙ばさみ。一般的な事務用品だが、見覚えがあった。柊山に呼び出された時、卓上にあった釣書だ。 「何で君が持ってるの……まさか!」 あわてて開いた中から綴じられないままだった書類が落ちてくる。 プロフィールと写真は、幸子のものだった。 「ちょっと待って、先生が用意したってことは……えええ?」 「私が先生のところへ初めて伺った時、縁談を持ちかけられた話はしたわよね」 「うん」
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