第1章

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第1章

「先月の始めにお預かりした腕時計の修理が終わりました」 受話器の向こうから愛想の良い声が言っている。 自分には心当たりがなかったので依頼主を詳しく聞いてみたところ、それは同居していた父の時計だった。 父は先週、長く患っていた持病が急変し他界していた。 父に関する諸々の手続きなどを終え、いくばくかの日常を取り戻しつつある頃の電話だった。 その時計は私がまだ学生の頃に父が買い、大事にしていたものだった。 普段、身に付ける物には頓着の無い父が、何かの式で人前に出る事があった時に「一つくらいは」と奮発し、この町の百貨店で買ったと自慢していたのを覚えている。 しかし元々の身の丈にあっていなかったせいか、日々の仕事や家族との外出でも、そのお気に入りを着ける事はほとんどなく、誰かの冠婚葬祭の時にお目見えする位だった。 それも年月が経ち、親族や仕事関係の知人から届く父宛の招待状が少なくなってくると、父の持病の事もあり、引き出しの中にしまわれている時計の事は家族も忘れていた。 一応、父の遺品となるので母に時計の事を伝えると、長男の自分に形見として貰って欲しいと言われたので、週末に自分の妻と息子で買い物も兼ねて連絡のあった百貨店に行く事になった。
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