第1章

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その時、百貨店のインフォメーションからの放送が聞こえた。五歳くらいの男の子が迷子になっているらしい。 インフォメーションセンターで母親が待っているそうだ。 一瞬自分の家族の事かと思い聞き耳を立てたが、子供の特徴がまるで違っていたので、初老の男性から時計の扱い方の説明を聞く事にした。 すると、間髪入れずまた放送が聞こえた。特徴を伝える項目が増えているが、さっきの子供の事だった。 「またか…」 初老の男性が小さい声で漏らした。 その言葉が少し気になったので聞いてみた。 「またか…ということは、この家族はこちらの百貨店の常連客なんですか?」 「えぇまぁ…」 「なるほど。常連客なのに迷子センターに御厄介になるって事は、息子さんは相当やんちゃなんでしょうね。五歳くらいだったら尚更だ」 初老の男性は少し困った顔で語り出した。 「常連客というのは、少し違うかもしれません。」 なにか事情がありそうなのが、その表情から見て取れた。 「実はこの息子さんは…三年前に事故で亡くなっています」 「え…」 「当時、新聞にも載りましたが、この建物の前の大通りで事故にあわれて…お気の毒です」 「それじゃこのお母さんは分かっていて…」 「いいえ。どうやら、そうではないようなのです。事故の後、しばらくしてからインフォメーションにいらっしゃるようになったのですが、真剣に息子さんを探してらして、見つからないと告げると肩を落として帰っていかれるそうです。 こちらもお問い合わせ頂いた際には、余計な事は言わず息子さんの特徴を放送するのみに徹しております」 その時、三度目の見つかる事のない迷子を探すインフォメーションが流れた。 この母親の秒針は三年前から止まったままなのだろう。
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